第9話 2年目の冬



 またソ連の冬がきた。

 寒くてじっとしていられない。空いているときには体を動かしていないと凍りそうだ。

 そんな中でも敵の必死の攻撃は続いていた。


 敵の移動している戦車とトラックの列を足止めするために、待ち伏せをして攻撃をしようと、中隊で目的地へ行くことになった。

 凍った森を進んで行くのは大変だったが、何とか到着した部隊は慌ただしくなる。

 待ち伏せのために来たのに、この先で戦車が潜んでいるという情報が入り、退却すべきか話している。


 偵察の人員として僕のいる隊の中から、6人と通信兵で見て来ることになった。

 ここでもやはりというか、少尉とベテラン3人、ようやく新兵でなくなった僕ともう一人が偵察に行くことになった。

 僕が隊の機関銃の弾を運んでいると、どうしてもこの組み合わせにしたがるようだ。


 やっとここまで来たが、また行かないといけないと思うと嫌になる。

 しかし、誰かがやらないと、ここで見落としてしまったら、みんな死んでしまうかもしれないのだ。



 皆は緊張しながら注意深く進んで行く。

 1時間くらい進んだ後、林の境に隠れるように戦車がいるのが見えた。

 更に注意深く見ていると、ゆっくりと森の中をこちらに進む他の6両の戦車がいた。

 後ろからは、大砲を運ぶトラックや工兵もいた。


 通信兵は場所を連絡して砲撃の要請をする。

 要請している間にも、そこには森の陰から大砲が出てきたり陣地を築く工兵が出てきたりと、こちらを殲滅せんとする殺意に満ちてゆく。

 早く攻撃を開始しなければ、こちらはやられてしまうかもしれない。


 10分ほどで味方の砲撃が始まり、砲弾が雨が降るように降り注ぎ、敵の戦車や砲台は森ごと破壊されてゆく。

 通信兵は位置の修正をしながら、更に砲撃を加えて粉砕した。


 目の前にいる敵はやっつけた。

 しかし、こちらの位置もバレてしまったようで、待ち伏せする予定の敵に狙われる形となる。

 相手は数が多いので、まともに戦ったら無事には帰れない。


「一度ここから離れるぞ。2人か3人で必ず組んで行け。」

 少尉はベテランと話しながら、敵を欺いて逃げるように後退する。

 真っ直ぐにこちらに向かってくる敵と、回り込んでくる敵に見つからないように、一旦は大きく回り込んで、隊の後ろへ行きそこから隊に戻る。

 それは賭けでしかないが、囲まれてしまう事だけは避けたい。


 遠く離れるまでは見つからないように移動してゆく。そして、ある程度行ったところで今度は走って迂回する。離れてしまえば、逃げ切れると思った。

 しかし、最悪の状況ではないが、途中で見つかってしまった。


「左だ。迫撃砲が来るぞ。左へ行け。」

 軍曹が皆を押して、進む方向を変える。


 こちらからは見えないが、ずっと後ろから迫る気配がする。おそらくはあのガチャガチャという音は迫撃砲を用意する音だろう。

 部隊への攻撃につながる方向へ行くわけにはいかないので、仕方なく隊から離れるようにして遠くへ逃げるように進む。


 直ぐに弾が飛んできて近くで爆発する。

 破片が飛んでいく音が耳元でする。

 更に、右へ15メートルくらいのところへ何発も弾が落ちてきて、飛んできた破片が腕に当たった。

 少し切っただけで良かった。

 危ない。真っ直ぐ逃げていたら榴弾の破片でやられていただろう。


 その後にも、ヘルメットに破片が当たる衝撃を感じて死ぬかと思ったが必死で走った。

 こんなところで捕まりでもしたら終わりだから、何が何でも逃げてやる。


 今のところ誰もやられずに逃げている。

 そう思って仲間を振り返ってみると、一人が少し遅れ気味に走っていた。

「おい、どうした?怪我か?」

「やられた。背中が、隊長のびんたを食らったよりも痛い。」

 彼は背中に破片が刺さったまま走っているようだ。

 それほど血は出ていないが、破片がいくつも刺さっていて、動くと痛そうだ。

「嘘言え。隊長に殴られるよりマシだろ。」

「あはは・・・。聞こえてないよな?」

 僕は見捨てられず、彼の小銃を持ってやった。

「ちょっとは良いか・・・?行こう。」

 後ろから迫ってきていたが、何とか仲間と逃げ切りたいのだ。

 通信兵も思い機材のせいで遅れがちだが、何とか附いてきている。


 このままでは追い付かれてしまうので、通信兵が味方に応援を頼む。

 別の味方の隊から待ち伏せをもう一つ用意して、誘い込ませるらしい。


 また立ち上がって、方向を少し変えて走り出す。

 あと30分も逃げ切れば、合流できるだろうと考えているとき、味方の大砲の弾の飛んでいく音がして、敵のいる方で大きな爆発音がする。

 待ち伏せしている自分の隊が攻撃を始めたようだ。


 そうすると、追ってきていた敵の攻撃が一瞬止んだ。

 そりゃ、自分の帰る隊が後ろで戦い始めたらびっくりもするだろう。

 しかし、こちらへの迫撃砲は一瞬止んでいたが、また直ぐに敵の追撃が始まる。

 後ろの敵との距離は1キロほどだっので、後ろから撃たれながらでも逃げ切れそうだ。


 遠く過ぎて小さい点でしかない敵が、逃げる僕たちに向かってたまに撃ってくる。

 こちらはそんなことは気にせず、味方の待ち伏せの陣地へひたすら走っていた。すると前方に味方の隊が遠くに見えてくる。

 しかし、怪我した奴は顔色が悪くなって来てて、そう長く走れそうに無くなってきている。

 少尉と私は肩を貸してやって走り続けた。


 前から銃声が聞こえてくる。おそらくは迫ってくる後ろの敵へ射撃を加えたのだろう。

 皆、一斉に物陰に隠れて後ろの敵に銃を向ける。

 そうすると、向こうも少しづつ前進しながら全員が撃ってきた。

 しかし、こちらのもう一つの待ち伏せしている隊が横から仕掛けた。

 敵は近い距離から撃たれて、あっという間に倒されていく。

 逃げようとする者もいたが、撃たれて倒れた。


 生き残れたけど、自分の隊からかなり離れてしまったので、また戻るためには半日かけて歩かなければならず、怪我をしている者がいるので、そのまま助けてもらった隊に合流した。


 合流するときに気が付いたが、僕の背中にも破片が刺さっていた。背中に掛かったベルトに刺さっていたので自分には傷は無くて良かったが、金具が変形していた。




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