第5話 少女との約束



 2日経った夜、また同じ風景の夢を見た。

 いつもより鮮明に辺りを見ることが出来ていて、鏡に映る僕の髪の毛もシャツの袖口のほつれも見ることができた。

 そして、このアベルの気持ちもかなり鮮明になっている気がする。ここまで鮮明な夢は珍しいが、そういう夢は起きた後も記憶が残り易かった。


 前と違うのはアベルが、成長していた事だった。

 鏡に映るアベルは優しそうな青年だった。


 僕は手紙を手に持ちいたたまれない気持ちで鏡を見ている。とうとう僕にも来たんだ、どうしようもないんだという気持ちでいっぱいだ。

 2日前に家に届いた手紙は父親宛てであったが、書き示した内容は僕の兵役の招集に関する事だった。


 この間まで20歳だった徴兵の年齢が18歳に改められる事になって、この町ではみんな集められるそうだ。

 でも、みんなが行きたいわけがない。

 みんな兵役で集められるのだから仕方ないのだけれど、戦争に行くなんてまっぴらだ。

 入隊して戦いたいなんて言うやつもいたけど、あいつらどうかしてると思う。


 兵役なので兵士として訓練されるのは間違いないが、必ず直ぐに戦場に送られるわけではない。

 街の外れの訓練所で厳しい訓練の数か月の間の後に隊への配属になるらしい。運が良ければ,後方の部隊への配属もあるかもしれない。

 しかし、戦争が始まってから集められると帰ってこない人が多くなると聞いていた。


 どうにかならないものかと、ある種の職業の稼業の者は徴兵免除になった時期もあるというので、申請を出しているのだがダメだろうという。


 やっぱり来た。

 僕は生きて帰れるだろうか。

 とてもミサに行ける気分ではなかった。

 明日は入隊するために離れた町へ行くことになってる。用意するものはほとんど無いが、自分の気持ちの整理だけは未だつかないでいた。



 父の手伝いを今日くらいはと休んでいる。

 代わりに水を汲み、芋の皮をむいて母を手伝った。


 エラが家の裏から覗き込んで訪ねてくると、母は中に入れ椅子に座らせる。

 母には僕が彼女の事を気に入っていることは話していたけど、兵役のために街へ行かないといけない事で、母は二重に気にしてしまっていた。


 結婚をして何かしらの産業を稼業として起業した者あれば、徴兵を免除されるという事は聞いたことはあるが、賄賂なんてできる家でもないしお金もない。


 僕はしばらく黙って母とエラの会話を聞いていたが、エラを家まで送っていくというと、連れ出して歩き出す。

 なんて言えばいいのか、わからないまま出てきてしまった。

 でも、何とかしてエラに対する気持ちを伝えなければいけないと思い、わからないまま慌てて話し出す。


「あの・・・」

「あのさ・・・」一瞬早くエラが話出したが、また直ぐに黙ってしまう。

 僕はパニックになりそうだったが、歩きながら続けて話した。

「徴兵のこと聞いたんだよね。」

 手に汗をかいて滲んだ。

「うん。パパが言ってた。アベルが兵隊になるんだって。」

「しばらく訓練したらどこかの隊に配属になると思う。2年は帰れないんだ。」

「うん。」

「だけど、2年経ったら戻ってこられるんだ。そしたら直ぐここに帰ってくるよ。」

「本当?わたしはここしかないから、どこにも行かないよ。」

 アベルの顔をじっと見て言った彼女の顔はとても不安そうだった。

「そんな顔しないで。大丈夫だから。」

 と手を握る。

「兵役なんて行きたくないと言ったら軽蔑するかな?ずっと君といたいんだ。」

 エラはアベルが気持ちを言ってくれたことにはうれしかったが、しばらく会えない事の方がつらかった。

 それも、戦争に行くのだから、どうなるかだってわからない。

「ううん。わかってる。行かなくちゃいけないもの。」

「君と会えないことがつらい。」

「アベル・・・。ここで待ってるから。」エラは本当に言いたいことはあったけど、今は仕方なくしまい込んだ。

「きっとだよ。」


 二人は不安そうにしながらも、相手に気持ちを伝えられ、お互いに確認し合った事にうれしそうだ。

 この時は誰も予想していなかったこの国の運命に、2人の未来が翻弄されていく事もまた、全く予想できないでいた。


 徴兵制は、貴族に支配されていた時代から、国の一員として働くという意識の変化をもたらし、支配される側の立場の人々からは歓迎されていた。


 しかも、国が兵士を雇うことでその他の雇用率も上がって景気が良くなると、その盛り上がりは一層強くなっていったのだ。

 そして国のために兵士として働く事は一種の名誉とされるようになっていく。

 そんな民衆の気運に呑まれていった時代だった。



 二人が手を繋いだまま歩いていく。

 僕はその姿を遠ざかるように離れながら目が覚めた。

 そんな夢は多くない。いつも変な夢で慣れていても、その夢だけははっきりと脳裏によみがえる。

 なぜだか、その日はいつもより楽しい気分でいた。





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