第2話 闇の中で
そんな夢が続いた中学2年の秋、夢に大きな変化が現れる。
一度だけだが、激しい闇の引力の中、深い底に落ちたことがあった。
真っ暗で重力だけを感じる闇。
落下する感覚だけがある。
最初のうちは抵抗もできなかった。
落下した先は底がなく、僕を下へ下へと引き込むばかりである。
そして声が聞こえた。
「お前は誰だ。」
僕は怖くなって必死で抵抗すると、落下が止まり、浮き上がる。
落下した時間が長かったからか、浮き上がる時間も長かった。
「ここへは、どうやってきた?」
「お前の来るところではない。帰れ。」
そう、後ろで話しかけてくる声が聞こえ、怖くて振り向きもできなかった。
必死で起き上がるのにあまりに必死だったので、手を突き出して天井を掴むように起き上がってしまった。
まだ夜中の3時過ぎだったので、もう一度、布団に入ったけど、怖くて眠れなかった。
次の日の夜も不思議な夢を見た。
いつの間にか、ヨーロッパの街並みの紹介なんかである様な古い石造りの街にいる僕は、手にはジャガイモいっぱいの麻袋を持って、肩で息をしながら急いで歩いている。
意味が解らなかったけど、急いで家に戻らないといけない気がして速足で歩く。
でも、見たことのない様な風景外国に来て、ここから家に帰るって、地球の裏側じゃんって思いながらも急いで歩く。
それも意味が解らない。
何やってんだと、思いながらも先を急ぐ僕。
意味の解らない僕は、何でこんなに息を切らしてまで急いでいるの?と自分に聞く。
わけのわからない僕は、何かの冗談か何かに思えて、漫才の突っ込みのつもりで聞いている。
帰ってきた答えに期待もしていないし。
だけど思っていた反応はしなかった。
素直に自分に答えが返ってくる。
といっても、単語近い言葉だけで帰ってくるので、わかりにくいのだけど。
「悪魔。悪魔~。」
「助けて」
「逃げて」
よくわからないけど、そんな感じの言葉で帰ってくる。
解らないよ。僕。
突っ込みは不発だと思ったけど、気持ちが伝わってきている分、自分だけど他人事のように、なんだかこっちまで必死に逃げて欲しくなった。
何を見せられているんだろう?
そんな風に思っていると、辺りは金縛りの時と同じような、ゴゴゴ地鳴りの様な音とともに辺りは暗くなる。
そこで、やっと自分の番だと思うようになる。
こんな西洋風?の街で、こんな外人になって金縛りなんて考えもしなかったけど。
何でだよ。
疑問は尽きなかったが、その後に目の前で起こった光景が忘れられない。
僕はその当時13歳の目立たない男子。
でも、この夢で自分だと思っていた自分は女だった。驚いたのはそこじゃないけど、いや、そこも少し驚いたけど、立ち止まった僕はさっきまで怖かった原因に自分から寄っていく様だった。
悪魔だよね?
助けて欲しかったんだよね?と問いかけるけど反応は無かった。
それどころか、なんだか恥ずかしいことをさせられているような気分になっていく。
そこへ、もやもやっとした人の顔が現れてくる。
あ!あの顔だ!
見覚えのある顔は、あの僕の腕をチクッと噛んで行ったやつの顔だ。
チクッと噛むというのは変かもしれないけど、犬が噛むとかそういう感覚ではなく、蜂が刺す感覚だろうか。
その顔が現れると何か物色しているようなじろじろ見るような動きをして、やはり噛みつきにかかる。
僕にかみついた時のような、チクッではなく今度はガブッと噛んだような気がする。
肩口には不規則な歯形が入り、血が溢れ出る。
恐ろしいのはここからだった。
この時点でもうすでに自分のことではなく、見せられているだけなんだという感覚はあったけれど、そういう耐性というか慣れるはずもなく、「げっ。」とかいちいち声が出そうになる。
シャレにならないとはこのことだった。
自分だった女は、肩口の傷を隠しながらふらふらと歩き出した。
だんだんと歩くのにしっかりしていくのだけど、その代わりにひどくのどが渇く。
かなり歩いたところで街の中心辺りになっていた。
女は一人の男に声を掛ける。
なんだか雰囲気がおかしいなとは思ったけど、それは夢が終わってからやってくれ。
こんな夢でやって欲しくなかった。
余計に怖いから。
なんとなく想像ができてしまうその恐怖。
やっぱりかー。となる前に退散したいのだ来事に立ちすくむことになった。
女は男に抱き着くと、そのまま肩口を噛み食いちぎる。
男はすでに意識を失っているようで、ぼーっとしたまま血を流し、女に血を吸われていた。
いくら何でも受け入れにくい光景だった。
たくさん血を流し、倒れた男はビクビクと痙攣している。
そして、痙攣が止まったら静かに起き上がった。
その姿を女はただ眺め、うっすらと笑っている。
彼は血まみれのまま、初めはぼーっとしていて、そのまま座り込んで悩んいるようにも見えた。
そして女の姿を見ると、恨みと怒りを露わにして襲い掛かっていく。
女も子供の喧嘩のような格好で、不器用に応戦していた。
しかし男のほうが力が強く、首を絞めている。
首をいくら締めようが決着はつかず、男は首を絞めるのを諦めて、首を折ってしまった。
女は首を折られてなお、体は動かなくとも死んではいないのが不気味で仕方ない。
僕はこの光景を女の視点から見ていたが、いつまでこれを見せられるのだろう。
もう十分恐怖で一杯なので勘弁してほしい。
と、男がそばにある大きな石を女の頭に振り下ろしてきた・・・
そこでやっと僕は夢から覚めた。
夢だったとは言え、強烈過ぎてショックで呆然としながらしばらく天井を見つめていた。
時計を見ると、寝てからまだ1時間ほどしか経っていなかった。
眠れるわけもなくて、朝までギャグ要素いっぱいの小説を読んで起きておいた。
眠いのに寝れなくて腹が立つ。
「もーっ」と、布団の中で叫んでしまった。
朝になると、母親と兄が夜中に叫ぶなよと笑いながら注意してくる。
流石に腹が立ったが、見た事を話しても信じてもらえるどころか、おかしくなったとでも言われそうだ。
ここは黙ってすみませんと、流しとくのがいいだろう。
学校では夜に寝てなくて、授業中に眠ってしまって怒られた。
散々だったけど夜中に見た光景に比べれば、どういうことはない。何が起きてもぬるく感じるのは、気のせいではないと思う。
その日から、ちょっとした変化があった。
いつもの時間の進み方がゆっくりと感じる。
友達の話す会話がゆっくりで笑える。
授業中の先生の教える進め方が遅すぎて、自分だけ先回りしたように感じる。
いつもの電車は、動きや音のすべてが悠悠閑閑として僕をイライラさせた。
今日はなんだか僕の時間だけ早くなったような、なんだかビデオをスロー再生しているようで、一つ一つの動きが緩慢なのがおかしかった。
どうしてかはさっぱり解らないけれど、自分がみんなと速い動きをし、言ってる内容にズレがあったりして、浮かないように話を戻すのが大変という事態になった。
悪いことばかりではない。
体育の時間、オタクの僕は運動が苦手なのでサッカーでも遠くでちんたらするのが良かった。
今日の授業ではボールがみんなと同じようにゆっくりして見えるようだった。
蹴るときも友達と走るときも、何もかもがゆっくり見えるので、アドリブで抜いていくなんてこともできた。
目立ちたいわけではないけど、得点に繋がるパスを送るのはうれしかった。
クラスのみんなは、急にどうしたのかと思ったに違いない。それまで、ボールを触ろうともしない、消極的な奴だった僕がそうした動きを見せたのだから。
元々、得意ではないからそういった事にも逃げていた僕なので、控えめで消極的に映っていただろう。
自信をもってスポーツでも何でもしなさいと、先生に言われた。
でも、今回に限っては、「それ、先生、ちょっと違います。」と言いたかった。
意固地だと言われがちなのだけれど、兄も僕以上の運動音痴だし、どうやってもうちの家系上では運動神経がいい奴はできないからね。
オタクをなめんなよ!
ちょっと悲しくなったけど、一時的にでも神経が活発になった?事で、自分以外の全てが遅くなったのは驚きだった。
何かこういう体験した人はみんなそうなのだろうか?
そもそも、こういう体験が頻繁にあるとは思えないが、いたら教えてほしいと思う。
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