第9話 遊び人、困惑する
「……エレナ」
「なんだい、ばあちゃん」
「そこの引き出しに本があるだろ」
「ん?ああ、あるねえ。あれ?この本、何も書いていないよ?」
「……やっぱり、あんたじゃ無理か」
「なによそれ?」
「エレナ……。もし、その本が読める人がいれば、渡してほしい。必ずだよ。私の遺言だと思って……」
(この子がばあちゃんが言っていた『賢者』なのだろうか?)
祖母の遺言を思い出しながら、エレナは改めてヴァルスを見た。
如何にも、何も考えていない、アホそうな顔をしている。しかも、下着泥棒がばれてリリーに監視されて正座中でもある。
それなのに懲りもせず、さっきから何度も彼は自分の胸やお尻に視線を向けていた。横で彼女が気づく度に痺れた足の裏を剣の鞘先でつつかれ、その度に悲鳴を上げている。
もっとも、下着は減るから叱ったが、胸やお尻を見られても減るもんじゃない。
だからそんなに気にしていないが。
まあ、そんなことがあって……とてもじゃないが、彼が祖母から何度も聞かされていた『賢者』には見えなかった。
「……あんた、本当にその本が読めるんだね?」
だけど、もし、本当に読めるのなら……そう思い、エレナはヴァルスに問いかけた。
「え?ああ……だけど、一応って言った方がいいのかな?初めの10ページ以降は白紙のままだから」
ヴァルスは、本を少しめくりながら答えた。
「その最初の10ページには何が書いている?」
答えは知っている。自分は読めないが、エレナは祖母から聞いている……。
「えっと……まず、『悟りの書』っていうタイトルが1ページ目にあって、2ページ目から4ページ目にかけて目次が……、あと5ページ目に魔力を扱うための方法が書かれていて、6ページ目からは聞いたことのある初級の魔法の名称と効果、使用魔力量が書いているかな?」
それは、かつて祖母から聞いていた通りの内容だった。
エレナは信じられない気持ちを抱きつつも、彼が『本物』だと判断した。
「あんた、魔法は使えなかったわね」
「ああ、そうだけど」
ヴァルスは魔力がないからこれまで魔法を使ったことがない。
何を聞きたいのか、やや戸惑いながらも淀みなく答えた。
「……ちなみにその本は読んだ?」
「えっ?いやまだだけど」
表紙の『悟りの書』の文字を見て、何かリリーの役に立つかな、と思って持ってきただけだ。
「じゃあ、正座はもういいから、そこのソファーに座って……少し時間をあげるから、文字が記されているページまで一通り読んでみな」
エレナはそれだけ告げると、再び外に出て行った。
部屋にはヴァルスとリリーだけが残された。
「リリーちゃん……どういうことなんだろうねぇ」
事態が今一つ呑み込めていないヴァルスは、エレナが出て行った扉をただ見つめていたリリーに問いかけた。
しかし、リリーは答えられなかった。
(ヴァルスさんは『賢者』だった……)
状況的に考えれば、おそらくはそうなのだろう。
だけど……
(くやしい……)
もし、自分が『賢者』になれるのならば、その力で父母や一族、仲間たちの仇を討つことができる。
でも、自分は選ばれなかった。
(どうして、ヴァルスさんなの?どうして私じゃいけないの?)
リリーの胸の奥をかき乱している『嫉妬』という感情……。もちろん、リリーもわかっている。そんなことを考えちゃダメだということは。
(でも……)
どうやっても、醜いと思う自分の本音が胸の奥をグルグルとかき乱す。
ヴァルスが声をかけてくれたのは気づいていたが、今は言葉を返すことはできなかった。
少し待ってもリリーは黙り込んだままだったこともあり、ヴァルスはソファーに座って『悟りの書』に目を通した。
ヴァルスは本を読むのは苦手だ。学校の授業でも、家庭教師の先生の個別レッスンでも、本を読もうとするとすぐに眠気がしてそのまま夢の世界に誘われることが多々あった。
しかし、今は不思議なことに本の内容が頭に吸収されていく。そして、その途中、何度か何かが体中を駆け巡るような不思議な感覚がした。
1時間ほどたち、ヴァルスはエレナに言われた10ページ目まで読み終えた。
そして、室内にリリーがいないことに気が付いた。
「リリーちゃん?」
呼んでも返事がない。さっきと逆になったな、と思いながら何となく外にいるような気がしてヴァルスは玄関のドアを開けた。
「おっ、どうやら読み終えたようだね」
そこにはエレナが立っていた。そばにはリリーもいた。
エレナはうきうきしたような表情を浮かべていて、一方、リリーはやや戸惑ったような表情を浮かべていた。
ヴァルスは、何が何だかわからなかった。
「エレナさんもリリーちゃんもどうしたの?俺、またなんかやらかした?」
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