第8話 遊び人、悟りの書を発見する

 どれくらい時間がたったのだろうか。気が付けば、ヴァルスも部屋にはいなかった。


「ヴァルスさん?」


 しかし、返事は帰ってこない。


(……そんな!ヴァルスさん、どこ?いなくなっちゃいや……ひとりに……ひとりにしないで……)


 リリーとヴァルスは家族でもなく、主従でもない。森で迷っていたから案内してほしいと言われただけの仲だ。だから、彼が再び1人で旅に出ても何らおかしいことではない。


 だが、目標を失い、途方に暮れたリリーは、彼と離れたくないと感じた。

 

「リリーちゃん?」


 振り返ると、そこにはヴァルスがいた。

 ホッとしたリリーの頬を涙が伝う。


「いいものがあったよ……ってどうしたの?泣いているの?」

「泣いてなんかいないもん」


 リリーはあわてて袖口で目を拭ったが、ヴァルスはつい口元がほころぶ。


「さては、俺がいなくなったと思ったんだな。リリーちゃん、かわいい~」

「ちがうもん!そんなわけないもん!」


 反射的に言い返したリリーであったが、図星をつかれて赤面した。


 ヴァルスは、薄ら笑みを浮かべながらも「わかった、わかった」と言ってリリーを宥めた。

 そして、リリーが落ち着いたのを見計らって、一冊の本を机の上に置いた。


「これは?」


 リリーは本を取って中身を見たが、そこには何も書かれてはいなかった。

 しかし、ヴァルスは得意げに続けた。


「すごいよね?それ『悟りの書』だよ」

「悟りの書?」


 名前だけは知っている。確か、その本を完全に理解できたものは賢者になれるという。

 でも、リリーは何度見てもこの本の中に文字は記されていない。


「……なんで人のうちのタンスを勝手に開けてるんだい?」


 振り返ると、食べ物を入れた袋を背負ったエレナが立っていた。

 

「えっ?箪笥が有ったら取り合えず開ける。冒険者の鉄則でしょ?」

「何なんだい……そのわけのわからない鉄則ってやつは?」

「だって……クロードやリュゼ、それにアリスも普通にやってたよ。なんでも、『50Gとひのきの棒しかくれなかった国王が悪いんだ』とか言って。……カタリナだけは何故かいつも不機嫌そうな顔してやらなかったけど」


 全然悪びれず、淀みなく言葉を返すヴァルスに、エレナは呆れた。


(ケチな王様もひどいが……世間で評判の勇者パーティーって……)


 エレナの中で彼らへの評価が大暴落した。


 しかし、次の瞬間、このヴァルスがさっきとんでもないことを言っていたことに気づく。

 エレナは、リリーから本を返してもらうと、中身を確認した。

 そこには、文字は記されていなかった。


「あんた、この本が読めるっていうのかい?」


 思いもよらぬ質問に、ヴァルスは首を傾げた。


「まあ、いいわ。そのことは後で聞くとして……」


 エレナはヴァルスに近づくと、ズボンの右側のポケットに手を突っ込み、薄緑色をした丸まった何かを取り出した。


「……で、これは何?どうみても、私の下着だわねぇ」


 次の瞬間、ヴァルスは見事な土下座を披露して謝罪した。

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