第7話 遊び人、魔女の家を訪ねる
昼を少し過ぎたころ、ヴァルスとリリーはヘブラ村に入った。
道を歩いていても牛の鳴き声が聞こえてくる。
広場を中心に10軒程度の家があるが、その周辺の外側に広大な農地があり、いくつかの家がその中にちらほら見えた。のどかな農村であった。
「リリーちゃん、本当にここなのかい?」
「はい……。地図は確かにここを示しています」
リリーの持つ地図は、『魔導地図』と呼ばれるもので、目的地を入力するとその地点までの最短ルートを導いてくれるという優れモノだ。
もっとも、時々遠回りの主要街道ではなく、ダモクレアの森の小道を選択してしまうこともあるようだが。
村の中心となる広場からおよそ500m離れた小高い丘の上にヴァルスとリリーは立っていた。
その魔導地図が指し示す場所がこの場所ということなのだが……。
そこにあるのは、どうみても廃屋であった。
「リリーちゃん、これはどう見ても廃屋だぞ。柱が折れて屋根が崩れているし……」
そんなことは見ればわかる。しかし、長い旅の末の結末としてすんなり受け入れられるものではなかった。
「……っ……ここまできて……」
リリーの口から自然と言葉がこぼれた。脳裏には旅の過程で自分を生かすために犠牲になった仲間たちの顔が浮かぶ。
「リリーちゃん、泣かないで。ほら……」
ヴァルスは右ポケットからハンカチを取り出し、今にも瞳からこぼれようとする涙を拭こうとした。しかし……。
「おいっ!廃屋って何だ。人の家を指してそれはひどいんじゃないか?」
振り返ると、そこには妙齢の美女が立っていた。
「ずっと前から愛してました!」
「うわっ!何だい、この坊やは」
ヴァルスは手に持っていたハンカチを投げ飛ばすと、次の瞬間には妙齢の美女の両手をしっかり握った。いつの間にか両手を握られた彼女は驚きのあまり声を上げた。
バコン!
「いったぁい!」
「ヴァルスさんの馬鹿!」
荷物の入ったカバンでリリーはヴァルスの頭を思いっきり叩いた。しかし……。
「なんだ、これ?リリーちゃんの……」
ヴァルスは頭の上に乗った何かを手に取った。それは、リリーのパンツだった。
バキっ!
リリーの渾身のグーパンチがヴァルスの左頬にさく裂した。
「ヴァルスさんの変態!スケベ!」
ヴァルスは地に沈んだ……。
「……一体、何なんだい。このカオスは……」
目の前で繰り広げられている痴話げんかに、妙齢の美女はあきれた。
「それじゃあ、魔女シンディは……」
「そうだよ。3年前に他界したさ。そして、私はその孫……っていっても、12人いるうちの1人だけどね」
先程の痴話げんか?の後、事情を説明したリリーを妙齢の美女こと、エレナ・ベルナールは廃屋の裏に建つ自身の家に招いた。
ちなみに、ヴァルスもリリーと共にソファーに座っている。
左頬を腫らしたままではあるが……。
エレナの話によると、魔女シンディは3年前に他界したらしい。
シンディには息子が1人、娘が2人、そして孫が12人いるが、エレナ以外は魔法に関心を持たず、ヘブラ村にも住んでいない。
そして、エレナも魔法使いというよりは魔法薬の研究者だという。この国の王都の大学を卒業した後、ここへ移り住んだのは研究に関する助言を祖母から貰うためだったらしい。中級程度の魔法は扱えるらしいが、シンディの魔法は継承していないと言った。
……つまり、魔女シンディに師事して大魔法使いになるリリーの望みは絶たれた。
「だから、悪いね。せっかく遠くから来たのに無駄足になってしまって……」
明らかに落胆しているリリーをエレナは気遣う。リリーは気丈に何とか返そうとするが、言葉が出ない。
「いいさ……。気持ちの整理がつくまでここにいればいいよ。さて、私はちょっと出てくるね」
エレナは、リリー達をそのままにして家を出る。室内は沈黙が支配した。
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