55「秘密たち」

 シルヴェリオは戦いに触発され、屋敷の図書室で神話やスキルなどについて学び直した。数ある神々の存在。女神について改めて考えを巡らす。記憶の深層で出会ったレディセイント聖女とその力についてもだ。

(イメージが湧いた。完璧だ!)

 戦う令嬢が、その意思が何かに合致する。それは美しくもあり気高き姿。そして、やはりフランチェスカこそ自身の女神だと確信する。

【ラヴなんとか】を踏み台にし、女神を目指すとは何か? をフランチェスカに重ね合わせた。


 シルヴェリオは連夜アトリエにこもり絵筆を走らせる。新作、戦う獲物フランチェスカの勇姿を描くために。

「なるほど。スキルとは本当に有用なものだな」

 一気に書き上げた捕獲作品を眺めながらうっとりする。出来栄えを確認し、もう少し細部に加筆が必要だと考えた。たとえ髪の毛一本でもないがしろにはできない。

 扉がノックされた。

「入れ」

「お呼びですか?」

「【サンクチュアリ】がまた潜るようだ。メンバーに声を掛けてくれ」

「かしこまりました。それは新しい作品ですか?」

「はっきり覚えているうちに描きたくてな。見てみろ」

 イデアは目を見張った。

「どうだ。素晴らしいだろ? 想像ではない。本当に見える私の女神だ」

「これは……」

「透視のスキルとやらに目覚めたのだよ。やはり美しい……」

 作者シルヴェリオが恍惚とした表情で眺めるそれは裸婦画であった。信念を持つ、人間そのものが美しさを発散させている。

「しかしこのような絵は……」

「芸術サロンに、いくらでもあるではないか」

「それは神話時代の作品です。実在する女性を――」

「これは女神だよ。そうは思わんかな?」

「はい……」

「私の神話だよ。迷っていたが、やはり描くべきだった。これは……」

 それはシルヴェリオのみの感情であるが、個人的に楽しむならば問題はないだろう――。

「やはり女神だよ」

 ――しかし他者には、決して知られてはいけない秘密だ。

「芸術サロン用の作品はそのうち仕上げるとするか。今はこれのことしか考えられんのだよ」

 イデアは軽く目眩がした。とんだスキル利用があったものだ。ハッとして体を押さえる。

「心配するな。お前たちには使わん。ダンジョンが楽しみだ。次の新作も期待してくれ」

「はあ……」

 イデアは一瞬焦ったが、透視スキルは興味を持つ人間にしか効果がないと思い出しホッとする。

(どうだい? 新しい君の姿だよ)

 絵画フランチェスカたちは仲間が増えて喜んでいるようだった。


  ◆


 フランチェスカ嬢は胸をドキドキさせながら絵筆を走らせた。顔は上気し、ほんの少しの後悔をかみしめる反省。

 しかし今は、あれで良かったとも思っていた。シルヴェリオの手を思わず払い退けてしまった件だ。はしたない女だとは思われてはいないだろう。

 そして今の自分は体の芯がゾクゾクするほどの後ろめたさを覚えていた。

 沸き起こる衝動は止められない。

「私ったら……」

 ギリギリの隙間を突き抜ければ、そこには甘美な世界が広がっている。背徳をそう描くのが今の務めだと心を肯定し鼓舞した。

 絵の中の男性はそんなフランチェスカを優しく慰めるのだった。

「いいんだ。気にしてないよ」

 ここのアトリエには、ある特定男性の肖像画が大量に飾られていた。全て本人が描いたのだ。その男たちが毎夜フランチェスカをヨイショする。

 扉がノックされ妄想は一時中断した。

「どうぞ」

 メイドのイルダはいつものように無表情で入室する。

 部屋に籠もったあとは頃合いを見計らって訪ね、感想を述べるのが習慣であった。仕える身としては、主をたてなくてはならない。

「見て。どう? これくらいなら神様も許してくれるかしら?」

「お嬢様っ――!!」

 いつもならば力作の良いところを褒め、問題点があればやんわりと指摘する。

 しかし今日のイルダは困ったように顔を赤らめる。その絵を横目で見てから恥ずかしそうにうつむいた。

「初めて透視のスキルが使えてびっくりしたけど、私ったらこんなことまで……」

 その透視先を絵で再現しておいて、こんなこと・・・・である。

「どうぞ、お嬢様のお気に召すままに……」

「そう、そうよねっ!」

 フランチェスカは屈託なく笑う。


   ◆


 週末の酒場では姉妹の習慣が今宵も繰り返されていた。盛り上がっている周囲をよそに、二人は神妙な顔をして向かい合う。

「シルヴェリオ様はお元気かしら?」

「とても元気です。ところでフランチェスカ様はどうですか?」

「いつもどおり元気です」

「そうですか……」

「そう……」

 秘密の交換が許容されるのはこの程度までだ。歯痒さを感じて押し黙る。互いに主人あるじの秘密は話せない。貴族社会に務める二人にとって、知り得た秘密を話すなど背信行為なのだ。

 双子の二人は、顔はそっくりだし好みや考えもやはり同じだった。

 だから同じような髪型になるし、私服のセンスも似通っている。まるで鏡を見ているようだ。

 今も多分同じようなことを考えているはずだと、互いに顔を見合わせた。そしてうつむく。

 相手が同じ仕草であれば同じ悩みがあるのでは? などと考えながら、互いにため息をつく。主人あるじを大切に思う気持ちは、同じであった。

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芸術学院の貴公子。実は最強のストーカーでした。 ~婚約の申込みを拒否られ、別方向に奮起してしまい令嬢を付け回す~ 川嶋マサヒロ @EVNUS3905

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