54「紛争決着」

 調査委員会の日の夕刻、シルヴェリオはイラーリア教授の自室で待機していた。出席者を出迎えるためだ。

 時刻が近づくと【美・ガーディアンズ守護者たち】の連中がまたしても現われる。しかし生徒たちはほとんどが無視していた。盛り上がっていた日々は遠い過去だ。

「よりによって、こんな時に~っ!」

「情報が漏れていたのでは?」

「くっ……。そうとしか考えられんか。お前への恨みはそうとう根深いのではないか?」

「黒幕を探し出して、そのうち叩き潰してやりますよ。それとも【サンクチュアリ】を出して妨害してはどうですかな?」

「あいつらには無理だ。それにもう、間に合わん。出たとこ勝負しかないか」

「大丈夫です。トラブルが大好きな人ですから。かえって喜びますよ」

「役人もいるんだぞ~」

「公式行事ではないのですから」

 シルヴェリオは肩をすくめる。

 カウンターに出ると言っていた魔導具研究会も控えているようだ。この閑散な場に出向けば、まるで応援団のように見えてしまうのでこれで良い。


 塀の外に馬車の列が見えた。二人は一階に降りて待機する。

「よしっ、行ってくるぞ」

「私も後ほど――」

 イラーリアは門まで出向き、巨匠ビアジョッティ・ヴィットーレ翁を出迎える。翁は巨大掲示板を一通り眺めてから、しばし【美・ガーディアンズ守護者たち】の演説を聴く。

 ウマーノ・ガースは知っていて来たのであろうが、声はうわずっていた。しょせん学生相手の演説屋だ。

 お付きの行政官二人は顔をしかめて付き合っている。エリートからすればこのような泥仕合など醜いだけなのだ。騎士道にも王国に対する忠誠心にも、庶民への敬意にもまったく組みしない外道の世界である。しかし勘違いしている輩は貴族にも大勢いた。

 エントランスで出迎えるのはシルヴェリオの役目だ。

「アジョッティ・ヴィットーレ翁におきましては、わざわざお越し頂き感謝いたします」

「なに。学院の雰囲気は好きじゃな。邪険にせんともっと呼べ」

 二人は踊り場へと上がった。

「この絵を見るのも久しいのお・・・」

 シルヴェリオの師匠は、しばし自作との再開を楽しんだ。

「神話画は何を描くのだ?」

「やはりニケですか……」

「再び戦いの女神か」

「どうも私は好かれているようです」

「お主が欲しているじゃよ」

「……」


 二階に移動し、シルヴェリオは控え室でしばし待機する。そして呼び出され、調査委員会で証言した。空席が三つある。理事会員は欠席したのだ。

 報告書は後日まとめられ公開される。

(この感じでは、真相まではたどり着けないか……)

 委員会にはゆるい空気が流れていた。いつのまにか、この問題は被害者が不在になっていたのだ。


 委員会の聞取りが終り、ヴィットーレ翁の希望でシルヴェリオは校内を案内する。【ラヴキュア】の絵画が目的だ。

「あのような絵にたいした価値はありませんよ」

「お主はわしが友人の恋路のために描いた絵を見たじゃろ?」

「それのお返しですか。参りました」

「学院の広報なのじゃろう。若い者たちの興味を見るのは愉快じゃよ」

 数名の学生がその絵を鑑賞している。その中にピンク髪色が一人いた。重鎮に接触したいとの策略だ。

「こんなの……」

 二人に気が付いたミネルヴァは、恥ずかしそうに両手を頬に当てる。そして逃げるように去って行った。

「ふむ、あれがモデルの一人かな?」

「はい」

「さて……」

 ヴィットーレ翁はじっくりと絵を観察する。

「やはり女神を意識したのか」

「リクエストですので。それにこの三名の望みでもありますから」

「生ける女神か――。現実の女神とて人間より人間らしいからのう……」

「……」

「お主を除名しろ、などと貴族たちから声が上がっていると言われてなあ――」

「らしいですね。絵画サロンなど、所詮はその程度の集まり」

「――そいつらを全員追放しろと言ったら、今度は誤解でそのような声はないと言われたわい」

「まさに、烏合の衆ですな。暇な人たちだ」

「だから、たまには顔をださんか!」

「師匠の命令とあらば……」

「そう。これは命令じゃよ」


 見送りのためエントランスを出ると、校内街宣の輩たちは消えていた。早速に巨大掲示板の解体作業が始まっている。問題は終結した。


  ◆


 専用休憩室で、ミネルヴァは壁のポスターを見ていた。それは【ラヴキュア】のメジャー企画第一弾として予定されている新作ミュージカルだ。

「来るのかしらね?」

「来るさ。あの絵は敗北のメッセージ……」

 この企画を成功させ【ラヴキュア】はアッツァリーティ大学院のアイドルから、芸術の都ヘルミネンのアイドルへとのし上がる。そしてその先には王都エルヴァスティが見えた。

「虐めすぎたかなあ?」

 上機嫌でニヤリと笑い、勝者の余裕を見せる。今回の騒動でこの学院の中心が【ラヴキュア】だと誰もが知った。

「きゃはっ! ミネルヴァちゃんの勝利宣言きたーっ!」

 更に巨匠ビアジョッティ・ヴィットーレ翁が鑑賞したなど、貴族界隈で話題にならないはずがない。

「描きたきゃ描きたいって、オアマ下げりゃあ良かったのさ。もったいつけやがって」

 ミネルヴァは相手がへりくだってきた時の、体を突き抜ける快感に包まれた。

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