48「美・守護します」

 学院紛争はクライマックスを迎えつつあった。ついにラヴキュア親衛隊が姿を現したのだ。総勢二十数名、全員頭部をすっぽりと包む白い三角マスクを被り、目口鼻だけが露出している。その不気味な姿に下校時の学院は騒然となった。

「「「アールデルス・バイエンス・バーイエンス・ボースマブラッケ・テン・ボスケ・ゼンデーン。ベントラー、ベントラー……」」」

 隊列を組み、不気味な呪文のような言葉を吐き出しながら進む。

 例の巨大掲示板の横に陣取り、例のチラシを配り始める。そして演説を始めた。

『我々は美・【ガーディアンズ守護者たち】。世界の美しきものを守る者たちだ』

 魔導具のメガホンを使い変調された声はいっそう不気味である。それは低く野太く、大勢が振り向き注目した。

【美・ガーディアンズ守護者たち】。新たな勢力が姿を現したのだ。

 その強烈なインパクトに誘われ、学生たちはまるで蜜に群がる蟻のように集まって来た。

『この学院には美へ反逆を企てる者がいるようだな? 失望したぞ……』

「「「ベントラー……」」」

『私はウマーノ・ガース。女性の敵に女神の鉄槌を下す男だ』

 男子たちはほとんどが野次馬気分で聞いている。しかし女子たちは不快を隠そうとしない。

「誰のことだ?」

「とぼけんなよ。あの・・人のことだって」

「ああ、反逆なんて大袈裟な。【ラヴキュア】に興味ないヤツらだっているだろう――」

「「「ベントラーッ!」」」

「ひっ!」

 言葉を遮り、集団は数の理論で威嚇する。しかし総数は圧倒的に学生が多い。この場でどれほど味方に付けられるかがアジテーションの勝負だ。

『特別な一人を曖昧にして複数を狙うなど、卑怯を芸術絵画にしたような男』

「あはは、確かにあの・・人は存在自体が芸術だ」

 男子たちは失笑した。

『笑っている場合かな? この学院は言わばヤツのハーレム』

「なるほど。そうかもなあ」

「俺たちって影薄いぜ……」

 一方女子たちは多くが怒りにプルプルと震えている。今や隠れファンとなっていた、貴公子ラヴ女子たちだ。簡単に迎合するバカ男子たちを睨む。

『あの男は学院に巣くう淫魔獣。どれほどの女学生が、餌食となったことか――。我々はその極秘ファイルを入手した……』

「デマに決まってますわ。証拠はあるのですかっ!」

「そうです」

「だいたい、あなたたちは学院生なのですか?」

「許可もなしに、こんなの許されません。生徒会に確認します」

 勇気ある女学生が声をあげ、続々と反【美・ガーディアンズ守護者たち】の狼煙が上がる。

『ふふっ、続報は掲示板に貼り出す。その後が見物だな。実名をスクープする……』

 爆弾発言で女子たちは顔色がんしょくを失う。まさか! と疑心暗鬼になった。もしかしたら、誰かしら秘密裏にハーレム要員になっているのか――、と。

『震えて眠れ。淫魔獣死すべし』

「「「ベントラーッ!」」」


  ◆


「なっ、なんだ。あれは?」

 シルヴェリオは教授の部屋を訪ねていた。

 今後の対応をどうするかなど話している最中、おかしな声が聞こえ窓の外を見たイラーリアは声をあげる。

 シルヴェリオも傍らに寄り外を見た。

「なんと珍妙な。何者ですかね?」

「お前の糾弾にしても、度が過ぎる。本当に学院生か?」

「学生たちだけで、あそこまではやりますまい」

「何やらわけの分からんことを言っているが……。まさか、悪魔召喚の儀式!」

「神話語から派生した方言の組合わせです。偶像、崇拝、愛、美、応援などの単語を羅列しているだけですな」

「脅かすな……」

「ベントラー=応援求む、です。流行らせたいのでは?」

「遊びかあ?」

 野次馬がどんどん集まってきた。スキャンダルとしては大人気の案件だ。

「お前って、意外に人望がないのだな」

「あれば苦労しておりません」

 しばし二人は窓の外のやりとりを聞いた。謎の男ウマーノ・ガースに生徒たちも反論しているが、どうも分が悪いようだ。

「これは、やはりアイドルがらみなのか?」

「切っ掛けはそうでしょう。しかし、もはやこれは私への個人攻撃ですな。ネタは何でもよいのでしょう」

「とにかく理事会に問題提起する。あのような輩が自由にできる学院ではないぞ!」

「貴族の影響力もあるのでしょうし、理事会は使えませんよ」

「他人事みたいに言うな!」

 そう言われても全くの事実無根に対して、シルヴェリオは今一つ当事者意識が持てなかった。騒いでいるのは他人ばかりだ。

「そうですね。さて……」

(フランチェスカの耳に入るのは耐えられんか)

「先に学院独自の調査委員会を開くか――。動いてみるからな」

「よろしくお願いします」

「そうだ。話は変わるが正式な婚約が決まった。行政には届けたよ」

「! それはおめでとうございます」

「ああ。まっ、落ち着くところに落ち着いた、という感じだな」

 イラーリアは少女のような満面の笑みをうかべた。

「まったく、おめでたい話ですな。うらやましい……」

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