47「草の行方」

 帰宅したシルヴェリオは引き出しから問題の品を取り出し、懐に忍ばせた。夕刻の冒険者ギルドへと向かう。

 薬草の買取所は閑散としていた。店じまい間近のようだ。最後尾に並ぶシルヴェリオの順番がきた。

「今日は、薬草はない」

「そうかい。じゃコレか?」

 お馴染みの薬草買取業者は、人差し指と小指を立てて見せた。

「コレ?」

「コレだよ。コレっ!」

 再び人差し指と小指を立てて見せる。意味は分からないが、何を指しているかは分かった。

「もう草の話はなしだ」

「ああ?」

「確かに近衛が動いているな。それも根が深い」

「何のことやら……」

 業者はあくまでとぼけてみせる。そのまま小指で耳をほじって、聞こえないぞとアピールした。

「これからは薬草採取に精を出すさ」

「はーん……。ビビったか? 何があった?」

「何もない。ただ興味をなくしただけだ」

「けっ、弱虫貴族が」

「……」

「○○○○付いてんのかあ?」

「付いているが……」

「けっ、真面目に答えやがって。けえれ、けえれ」

 と手をヒラヒラとさせ、蔑むような視線を送る。ゴミを見るような絵画フランチェスカたちと同じ視線だ。

「……薬草は持って来る」

「子供の小遣い稼ぎかよ。テメエにはおとこの夢っモンねえのかよっ!」

「ないな」

「ケッ!」

「雑草はもう止める。毒性があるかもしれん」

「それだけかい。勉強したのは、よっ!」

「そうだな」

「このスットコドッコイがっ! 俺は逃げないぜ。たとえ、一人になったって、決っして逃げねえ。それが薬草買取業者ってモンだ」

 シルヴェリオとて男だ。一人であっても敵に背中など見せない。たとえ倒れたとしても前のめりで、少しでも前に進もうとするだろう。

(相手は令嬢の婚約話を破壊し、使用人たちを呼び出し口を塞ぐ連中だ。私は一人ではないのだ……)

「じゃあ……」

 帰ろうとしたシルヴェリオの後ろ髪を引くように、業者の声が耳に入る。

「新天地だ」

「なにっ!」

 新天地の数は無限だ。そこのどこかに問題の草があり、この世界に運び込まれている。それも特定の少数が意図的に持ち込み、特定の人間にバラ撒く。

 そんな可能性が、シルヴェリオの頭をよぎった。

「チッ、顔色変えやがった。今さら遅いぜ。お前さんは、もう馬車から降りちまったのさ」

「……失礼する」

 それがどこから発生しようが、シルヴェリオの知るところではなかった。この世界が、始まりから抱えている問題だからだ。もし何かをする者がいるとすれば、それこそが神の領域区だ。人は目先の脅威に対処するしか術がない。


 暗がりが忍び寄る街の通り道。立ち止まったシルヴェリオは懐からとりだした草を握りしめる。それはまだ育っていなく弱々しい。しかし紛れもない禍々しさを感じた。

(薬草やお茶ではないが魔核と同じように力を抽出すれば……)

 その技術は魔導具で確立されていた。問題は核として結晶した魔力ではなく、植物として地上に現われた魔力の性質だ。

 シルヴェリオは手に魔力を込める。謎の草は魔獣が弾けるようにして消えた。

(こんな物を欲するのは吸血鬼やミノタウロスを望む人間だけだ……)

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