46「花と草」

 レディセイント聖女とは何者か? 一般的には強力なヒール癒しグレースのスキルを持つ女性と言われている。この二つに特化するのは女性の特権であった。

 しかし、ただこの二つが強いだけではレディセイント聖女などとは呼ばれない。他のスキルとそれらを複合させる固有の力こそが、人をセイント聖人たらしめる。

 神より授かった力、レディセイント聖女たる由縁だ。

 シルヴェリオは思考を巡らす。

 あの聖女が、はたしてどのようなスキルを複合させていたか。街全体を包む広範囲な結界。スキルを押さえ込むカウンタースキル――。


 カラン、カランと鐘の音と共に客が入店する。シルヴェリオの思考は仕事モードに切り替わった。ここは【ミコラーシュ】のカウンターだ。

「食事を買ってくるよ。何でもいいか?」

 レティが奥から出てくる。

「はい。お使いぐらい、私が行きましょうか?」

「いや。これが楽しみなんだ。見て直感で決める。これが美味しい食事のコツだな」

「では、お願いします」

 シルヴェリオは【ミコラーシュ】の店内を見回した。客のピークはお昼が終わってからだ。


 カーテンの奥から令嬢が現われる。少し困ったようなそぶりを見せた。

(あそこの客がいたか。少し待ってもら――)

 その令嬢は意を決したようにカウンターに向かう。急いでいる客もいるだろう。

「あの、これを……」

 もじもじしながら紙袋を出す。全て値札付なので会計は簡単だが――。

「!」

 商品は女性用の下着である。

(とんだ重要秘密だったな)

 シルヴェリオはつとめて事務的に会計を進める。淡々と、ただ淡々と商品の値札を確認した。

「ん?」

「どうかしましたか?」

「この刺繍はアネモネか……」

「まあ、花の名前などあまり気にしませんでした」

 一瞬だけ、薬草とは花の効用もあるのではないか? と考えてしまった。しかたなしと客令嬢に話を合わせる。

「これはアフロディーテが流した涙の花ですね」

「涙ですか……。良くないデザインなのですか?」

「いいえ。神話の花は涙と悲しみばかりです。そこは神に任せて、人は花の美しさだけを楽しむのだそうですよ」

「まあ……」

 令嬢はクスリと笑った。

「師匠の受け売りですね。花は私もよく絵のモチーフなどに使います」

(そういえば花の薬草など聞いたことがないな。毒の問題か?)

 レティが帰って来た。邪魔しては悪いと素知らぬ顔で事務室に入る。

「せっかくですから、他にも教えて頂きたいわ」

「レースはカルディツァ工房、デザインはカテリニの流れを汲んでいますね。アネモネの刺繍はプトレマイダです」

「言われて見れば――。でもなぜ刺繍がプトレマイダなのですか?」

「ここの赤い染料は独特なのですよ。門外不出の糸を使い工房の中で、おそらく新人の仕事でしょう。大丈夫。工房長の公認ですよ」

「他にはどうですか?」

「ニードルレースはタイプ・ナインティーン。十年ほど前に王室行事のために作られた一品です。これはその時の端布ハギレか試作をとっておいたのでしょう」

「こっ、こんなの頂けません。それに安すぎでしょうに……」

「いえ、経営者の方針なのでしょう。どうか、お気になさらずに」

 客はご機嫌で帰って行った。売った方の気分も悪くはない。

(不思議な気分だな。私の仕事でもないのに)


「奥にお客様がいたか。問題はなかったかな?」

 事務室からレティが顔を出す。

「問題があるとすれば、値付けでしょうか。私も安いと思います」

「今お前が説明しただろう。経営者の方針だ。工房も賛同したうえだよ。接客はどうだ?」

「どうだと言われても……。普通ですが」

「そうか。令嬢たちも馴れてきたかな? これからは奥の客もみてもらうか」

「はい」

「交代する。休憩しろ」


(結局は屋台サンドか……)

 レティの直感は具の問題だけのようだ。とは言え美味だと、シルヴェリオは昼食にバクつく。

レディセイント聖女は――いや、花の話だったな。それに毒の草もあるか……)

 シルヴェリオの思考は混乱した。考え事は魔人から女性の下着まで幅広い。

(神話の花は涙と悲しみばかり……。魔草も同じだ)

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