45「ダンジョンの狂牛」

 シルヴェリオの聖剣と、ミノタウロスの巨剣が打ち合いを始めた。発光し巨大化した聖剣を、怒りにまかせて叩きつける貴公子。それを真っ向から受け、攻撃に転じる巨大な魔人。

(分かっているさ。あれは私の中の彼女)

 互いに持つ何かをぶつけ合うように、二人は剣で語り合う。

(あれは誰でもない。ただの私だっ!)

 シルヴェリオの一撃がミノタウロスを一歩引かせる。

「貴様はどうなのだ? なぜこんなところでボスキャラをやっている?」

 続いてミノタウロスの巨剣がシルヴェリオの体を吹き飛ばす

「むうっ! なぜ魔人になったのだ!?」

 しかし再び突進する。

「この私を救ってみせろ。ストーク捕食っ!」


 シルヴェリオは絞首台の上にいた。隣がガコンと音をたてて作動する。まだ若い娘だ。

 眼前にはおびただしい松明の明かり。群衆がこの場に押し寄せている。全てが泣いていた。周囲を慎重に観察する。

(処刑対象は庶民で執行は統治者か。よくある光景ではあるな)

 振り返り見上げると、そこには城のバルコニーだ。独裁者とその取り巻き。これもまた繰り返されてきた歴史。問題はその端に立つ一人の女性。広範囲に強力な結界を張り、人々のスキルを押さえ込む。歴史の闇に消えたレディセイント聖女

 シルヴェリオの足元が、ガッと鳴った。


 横殴りに振られる巨剣になぎ払われたシルヴェリオは、シールド障壁ごと側壁に激突する。地面を転がって着地。後方に吹き飛びつつ、剣を構える。

「貴様はあの中の、どいつなのだ?」

 ミノタウロスの胸に、腐れただれた元人間の顔が現れる。最初に首を切られた男だった。

「なぜ魔人になどなったのだ? どうすれば人はそのようになるのだ?」

 その問いにミノタウロスは咆哮で返す。空気がビリビリと震えた。

「まだ戦い足りないのか。私もだよ」

 シルヴェリオは言いようのない感情に襲われ、ただそれを何かにぶつけたかった。ミノタウロスもまた同じだと知っていた。

 聖剣の光を最大まで伸ばす。限界まで魔力を絞り出し、切っ先に意識を集中させた。攻撃を察したミノタウロスは身構える。

「もう一度見せてもらうぞ……」

 体内に再び魔力が満ち始める。リフティング・アクション浮遊突撃を解放した。シルヴェリオの突きと、魔人の巨剣が再び激突する。

ストーク捕食!」


 状況は一変していた。民衆が殺せ殺せと、はやし立てる。その中にシルヴェリオはいた。

(これは、どうしたことだ?)

 民衆の熱狂は異様なほどだ。先ほどまですすり泣いていた者たちは、今は狂気の色に染まっている。

 それは結界の成せるスキルなのか。どちらが虚でどちらが実なのか?

 ミノタウロスの中の混乱が作り出した世界で、処刑は同じように続いていた。

 バルコニーにレディセイント聖女の姿はなかった。

 シルヴェリオは群衆をかき分けて前に出る。柵を跳び越え、処刑場を抜けて城の階段を駆け上がる。その部屋にその女がいた。

「あなたは?」

「私が――、見えるだと? レディセイント聖女とはそうなのか……」

「いったいどこから……」

「この状況は、いったい何なのだ? なぜ群衆の感情がこうも変わる?」

「もしかして、記憶をたどってここまで――」

「そうだ、四、五百年後の魔人をたどってここに来た」

ナイト・ストーカー捕食の騎士!」

 白いドレスの女は後ずさりした。

「本当にいるのね……」

「なぜお前レディセイントは歴史から消えてしまったのだ?」

「あなたが見たのはその・・記憶。事実とは違い、長い年月に書き換えられた幻――」

「この場で何が起こったのだ? 答えろっ!」

「――貴方もそうでしょう? 都合いいように、全てを書き換えて……」

 シルヴェリオはバルコニーを出て状況を見渡す。群衆は相変わらずだった。一方独裁者側の者たちは、皆一様に押し黙り状況を見守っている。

(この処刑は、いったいなぜ……)

「この国はもう終りよ」


 ミノタウロスの手から巨剣が消えた。自ら戦いを止めて後退、そのまましゃがみ込む。シルヴェリオもまた引いた。

 あの熱狂のなかで殺された人間たち。それを見ていた統治者たちとレディセイント聖女

(人の記憶などあいまいだ。人そのものが、そうなのだから)

「私は違うぞ。貴様のようには、絶対にならん!」


 踵を返したシルヴェリオは前方に生える一株の雑草を見つけた。それは草木一本も存在しないダンジョンの奇跡のように見えた。

 駆け寄ってしゃがみ込む。

「これは……。くさ?」

 引き抜くと根は死んだ魔獣のように弾けて消える。

「こんなものは悪魔の薬草だ……」

 シルヴェリオは内ポケットにそれを忍ばせる。


 屋敷に戻ったシルヴェリオは、問題の品を机の引き出しに入れて施錠する。

 壁のフランチェスカたちは、泣いていた。

(あのレディセイント聖女ために泣いているのか)

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