44「令嬢たちの反撃」

 シルヴェリオは自室で定例の報告を受ける。ヴァレンテとイデアの表情も冴えない。ビキニ事件の心配をしているのだ。

「しかし、なぜあのような露出の多い……」

 まるで相談するように疑問が口をついた。そこが問題だ。

「上着を着用していたのでは?」

「誰かの前で脱ごうとしていたのだ」

「それはないかと……」

 イデアはやんわりと否定する。

「お坊ちゃまに見せるためですな。いやはや、積極的な令嬢です」

 ヴァレンテは持ち上げにかかる。

「あわよくば支道の奥で二人っきりとなり、ああ何だか熱いわあ、などと言ってお坊ちゃまの前でやにわに脱衣するつもりだったのでしょう」

「ダンジョンは暑くはないが……」

「戦いの熱気が内にこもり、女はそのような気分になるものなのですよ」

「それはありませんわっ!」

 イデアはぴしゃりと言った。

「ほ~。では、どのような理由が?」

「戦いの手ほどきを受けているのでは?」

「なるほど……」

 スキルコントロールの一環で、あのように衣装を着用していた。それはオリヴィエラを見ていれば分かる。

「しかし、なぜ嫌なのだ?」

「女子は特に嫌でなくとも、嫌と言う場合がよくありますわ。さまざま意味があるかと」

「なるほど。そうですか……。虫酸が走るほど嫌。もう二度と顔も見たくないほど嫌。など確かにいろいろありますなあ。しかし今回は、せっかくのサプライズがバレたのが嫌、でしょうか?」

「見せるのが目的ではなかったのですわ。ただそれだけです」


 シルヴェリオは一人になり、絵画フランチェスカたちと向き合う時間がきた。

「わざとなのよね。ねえ、わざと・・・でしょ?」

「い、いや。助けようと思っただけだ」

 その令嬢は故意を疑っていた。上着がはだけ、それを確認したうえで助けるふりをして近づいたと決め付ける。


「それでガン見? それも嫌らしい目で」

「ただ驚いたのだよ……」

 この令嬢は視線を決定的な証拠と決め付けた。それは事実だが、決して不純な目などでは見ていない。あの時の視線は、断じてそんなものではない。

「美しさは罪なのか?」

「「「私刑っ!」」」


 フィオレンツァ・シルヴェリオ邸では毎夜糾弾会が開かれていた。裁きの場に立つのは当主であるシルヴェリオだ。攻めるは絵画フランチェスカたち令嬢軍団。

 ただ言われ続け、そして苦しいだけの言い訳が続いていた。

 何とか関係修復を試みる。

「私のハンカチを拾ってくれた、あの時の優しさは――」

「あれはお年寄りのハンカチを拾ったの。勝手に脳内変換しないでっ!」


「道端でぶつかった時――」

「子供とぶつかったのよっ!」


「それじゃあ、講義の時に隣に――」

「知らない人っ! あなたは後ろから気味悪い視線を送っていただけっ!」


「嫌っ、サイテー……」

「信じられないですっ!」

「キモー。キモキモ、キモーッ」

「いや、わざとではないんだ。まさかあんな姿だとは知らなかった」

「どーだか。知っていて、嫌らしい気持ちで近づいたんだわ。間違いない!」

 また同じ話の繰り返しだ。ずっとこの堂々巡りが続いていた。

 シルヴェリオはふらついてソファーに身を沈める。全ての絵画たちは、まるで汚い物のように貴公子を見つめていた。


「嫌あ……」

「やめて……」

「堪忍して……」

「酷い……」

「そこまでは、言われていない。嫌までだ……」

「どーだか。友達たちが来なければ、どこまでエスカレートしていたか」

「うっ! い、いや。助けに行ったのだ。それ以上先などありえん」

「キモー」

「キモキモ」

「キモーッ」

 令嬢絵画たちは、たった一人の男を総攻めする。

 シルヴェリオの心がぽっきりと折れた。ふらつきながら立ち上がり、聖剣を握りしめる。

 バルコニーに出て暗黒の空を見上げた。そして夜の闇へと飛び出す。


 静まり返る無人のダンジョン。冒険者はおろか魔獣の蠢きすら消え去った世界。

 シルヴェリオは一人奥へと進む。天井と壁面の水晶体が、眠りを妨げられたように点滅する。

 開口を閉ざす鎖に手をかざすとガチャリと音をたてて外れる。解錠魔法はすでにコピーしていた。

「無性に会いたくなるとはな。お前は私に何を教えてくれるのだ?」

 黒い体躯が目を覚ます。呼応して暗い洞窟全体が輝き、魔導空間が形成された。シルヴェリオは再び脅威の前に立つ。

「さあ、貴様の道を示して見せろっ!」

 戦いが始まる。

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