41「逆襲の草」

「いっ、いったい……」

 まったく想定外の展開。イラーリアに叱責されると思いきや泣きつかれてしまった。

「何があったというのですか?」

「こっ、婚約はなしだと言われた……」

「はい?」

くさの話をするような女とは婚約できないと。お前のせいだっ!」

 話は別件だとシルヴェリオはやっと気が付く。

「よくある婚約破棄ですな」

「これからの婚約がなくなったんだあ~」

 シルヴェリオはブンブンと振られてしまう。間違いは正さねばならない。

「それならば婚約辞退でしたね」

 イラーリアは床に崩れ落ち再び手で顔を覆った。悪魔の草が幸せな二人を破局へといざなう。

「うっうっ、ううう……」

 シルヴェリオとて身につまされる話だ。婚約辞退された側の気持ちはよく分かる。

「初めてしかられた。それでベッドに押し倒されて……」

(良かったではないですか?)

「ひっ……、ひっく、ひっく……」

 泣き虫イラーリアはしゃくり上げプルプルと震える。責任の一端は、確かにシルヴェリオにもありそうだ。

(なんとかせねばいかんか)

「父に相談してみましょう。貴族同士の婚姻など、政治力を発揮すればなんとかなるものです」

「たっ、頼む! 我が家にあるのは武力ばかりで、父も兄たちもそちらは役にたたんのだ」

「それもまた王国に必要な力。互いに手を携えて国の安寧に尽力いたしましをう」

「うん……」

「なあに。そのバカ者が土下座して婚約を申し込むようにでも、追い込みましょうか」

「そこまでしなくてよい」

 イラーリアは顔を上げる。なんとか涙は止まったようだ。


  ◆


 やれやれ、と思いつつシルヴェリオは帰宅する。

 屋敷の門が少し開いていた。異変を感じたが、屋敷はいつもどおりに見える。

 エントランスに人の気配はなかった。いつもと同じように魔法の明かりが室内を照らすが、夕刻の慌ただしさもなく静まり返る。

 厨房の火は落ちているが、鍋から湯気が上がっていた。テーブルには夕食の食器が並べられている。

(誰もいないだと? 消えた?)

 他の部屋も全て同じだった。人間消失。シルヴェリオの記憶に類似の事件はなかった。

「ヴァレンテ! イデア! 誰かいないのか?」

 叫びながら無人の廊下を歩く。自室に入り、暗闇の中、フランチェスカたちを見た。

「いったい何があったんだい?」

「やってはいけないことを、やってしまった。その報いを受けたのかしら?」

「何もかも自分の思いどおりになるなんて、思い上がりよね」

「私はなにも……」

 シルヴェリオはそのままソファーにへたり込む。なぜこうなったのかと頭を抱えて下を向く。

「?」

 外に人の気配を感じた。複数の話し声が聞こえる。立ち上がり窓を覗くと使用人たちの姿があった。ヴァレンテとイデアもいた。

「良かったじゃない」

「運がいいわね」

 フランチェスカとの会話を中断し、シルヴェリオは廊下に飛び出す。階段を駆け下りた。

「いったいどうしたことか?」

「なに、避難訓練だとかで外に出ろ、などと言われましてね」

「訓練だと?」

「失礼いたしました。すぐに夕食の用意をいたします」

 よく事情は飲み込めないが、使用人たちは屋敷に戻って行く。シルヴェリオはその場で問いただすのを控えた。


 夕食が終り二人を自室に呼び出す。

「私にも分かるように説明してくれんか?」

「はてさて。先ほどの説明が全てでございますが……」

「何の訓練だ? 誰が言ったのか?」

「おそらくは魔獣の被害における訓練かと。名乗りませんが王政の関係者ではないでしょうか?」

「相手は王国か……。草の関係ではないのだな?」

「草?」

「お前が私に教えた草についてだ」

「? 私は何も言っておりませんが……」

「何かの勘違いでございましょう……」

「……」

 二人は表情を崩さずに答える。シルヴェリオは、これ以上は踏み込む領域ではないと感じた。

「ところで――。話は変わるが学院のファルネティ・イラーリア教授だ。婚約の件で悩んでおる。父に上手く取り計らうよう書状を出してるか。必要とあらば説明に伺うと……」

「かしこまりました。あの……、時々はお顔を出してくださいませ」

「そうだな。近々行くとしようか。もうよい。下がれ」

「はっ……」

「はい……」

 一人になったシルヴェリオは部屋の中を点検する。なくなったり移動されたりした物はない。スキルを発揮して侵入者の痕跡を探した。明かりを消して庭を見る。来訪者は複数であり、門から少々敷地に入り込んだだけのようだ。

 シルヴェリオは壁に掛けられる聖剣を抜いた。剣肌に映り込む女性が微笑む。振り向くとそこは、薄暗い暗闇があるだけだった。

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