40「反逆のアイドル」

 その日もいつもと同じ登校当院のはずだった。しかしシルヴェリオはすぐに異変を察する。

(どういうことだ?)

 令嬢たちの冷たい視線。こちらをチラリと見てから、露骨に顔をそむける。男子たちは冷やかすように見ていた。

パペット模型の調子はどうですか?」

 シルヴェリオの隣にはガストーネがいた。

「問題ない。助かったよ。様子をみて、休ませながら使って――」

「それでいいです。実は昨日の夕刻に、学院で少々厄介なことがありましてね」

「私に関係が?」

「大いにあります。僕たちにも。来て下さい」

「?」

 そして掲示板に連れて行かれた。人だかりができている。

 シルヴェリオたちに気が付き人垣が割れる。問題は一枚の掲示物にあった。

「これは……」

【学院の貴公子は恥知らずの差別主義者。女子を見下し軽んじる。その視線は奴隷少女を見下すがごとき。芸術、文化とは真逆の存在――】

「ふむ」

【学院のアイドルたちを性の玩具としてしか見ていない。女性の解放を阻む敵】

「我が国に奴隷はいないが」

「そんな話ではありません。あなたを糾弾するビラですよ。これは」

 ガストーネは周囲を気にして声を潜める。

「そうなのか?」

「ああ、もうっ! ウチの連中がイキリ立っちゃって、抗議活動をしようって――」

「お前たちっ! こんな所に集まって何をやっているのかっ!」

 突然叱責する声が響く。ファルネティ・イラーリア教授だ。問題を凝視して内容を確認する。

「これは無許可で張られた、ただのアジビラだ。さあ、授業が始まるぞ。さっさと散らんかっ!」

 学院生たちは不満顔だ。こんなデマチラシでも効果があるようだ。

 イラーリアは貼り紙を破き外す。そしてシルヴェリオをジロリと睨んだ。

「放課後私の部屋に来い。いいか。寄り道なしですぐに来い」

「はい」

 武闘派教授の胆力に圧倒され、野次馬たちは教室に向かう。

「何なのだ?」

「【ラヴキュア】の親衛隊が貼っているのを見た者がいます。あっちこっちに……。バージョン違いはもっと過激でね。まっ、行き過ぎたファン暴走だと思って大目に見て下さいよ」

「……」

「少し優しくしてやったらどうですかねえ。アイドルなんだし」

「……」

「じゃ、また今度――」

 ガストーネは講義に向かった。シルヴェリオも教室に急ぐ。事態はそれなりに深刻なようだ。周囲の視線はやはり厳しいと感じた。

(下らん話だ……)


  ◆


 そうは言っても教授命令を無視はできない。シルヴェリオは日課の追跡をキャンセルして渋々イラーリアの個室に向かった。

 入室し、取り敢えずの弁明を開始する。

「全て私のあずかり知らぬこと。濡れ衣もいいところですよ」

「お前の責任だ……」

 イラーリアは背中を向け窓の外を眺めている。

「いや、私の責任のわけがないでしょう。差別主義者などとんでもない言いがかりだ」

「どうしてくれるんだ?」

「他にも貼られていたそうですね。全てデタラメです」

「……」

「だいたい、教授だって私のことはよく知っているでしょう? 誹謗中傷も甚だしいっ! だいたい――」

 イラーリアの肩がプルプルと震えていた。それは徐々に大きくなる。そして両手で顔を覆う。

「?」

「うっ、ううう……」

「どうかしたのですか?」

「おっ、お前のせいだ……」

 振り返ったイラーリアはシルヴェリオの胸ぐらにつかみかかる。大きな瞳からは涙がポロポロとこぼれた。

「!」

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