42「貴公子は嫌」
シルヴェリオは絵画フランチェスカたちの協力のもと、自宅で次回作の構想を練った。
雑貨と小物の店【ミコラーシュ】のバイトは、激震もなく平和な日が続く。
しかしアッツァ学院は違った。そのうち鎮火するかと思っていたが、種火が不気味にくすぶり続けている。水面下でシルヴェリオのネガティブ情報を流し続けている者たちがいた。
そして【
「御苦労! よく来てくれたな」
ダンジョンの入り口。気ばかり焦り予定よりずいぶん早く来てしまったシルヴェリオの元に、三名の冒険者がはせ参じた。
「まっ、たまにはゆるいのもいいけどなー」
「その節はお世話になりました」
「こっちはお世話したニャン」
【
「さて。手順は前回と同じだ。行くぞっ!」
「はい〜」
「ニャー」
カールラとチェレステの返事はゆるかった。
「高額の報酬をもらっているのだから、しっかり働きましょう」
真面目なのはデメトリアだけだ。
第一階層で親交を深める者どもをさりげなく追い抜き第二階層へと下る。適当に流しながら本日の状況を見極めた。いつもと変わらないダンジョンだ。
「どうするー?」
「ここにいてもボケっとしているだけニャン」
「もう一つ下に行くか」
シルヴェリオたちは第三階層に降りた。ここでは各人がぼちぼち戦っている。四人もいくつかの支道に入り、弱い魔獣を数体倒す。
メインホールに戻ると、先に十数名の集団を見た。
なんと【サンクチュアリ】が、第三階層に進出して来ていたのだ。
(あいつら……)
常連の冒険者パーティーが早速注意に向かっていた。当然だ。
「どうしますかね?」
「帰るだろう。分からず屋たちではないさ」
足元が一瞬だけブルリと震えた。続いて低い唸りがダンジョン内部に反響する。
(ミノタウロスのかっ!)
「まずいですね。魔力放出が起きます」
「間が悪すぎニャン」
支道奥から冒険者たちの叫びが聞こえた。魔獣が大発生したのだ。
「援護にまわるぞ」
「よっしゃーっ!」
冒険者たちが奥から押し出される。続いて現われた魔獣の群れに、カールラは魔導炸裂の矢を叩き込む。
シルヴェリオたちは【サンクチュアリ】に接近する敵を攻撃した。相手は小から中程度の魔獣ばかりだ。しかし数が多過ぎる。
他の冒険者たちもホールに戻り、ダンジョンは乱戦気味となる。
フランチェスカは何を勘違いしたのか前衛に出た。そして多数の小物に押し包まれ、ピンチとなる。
(接近するチャンスだ)
シルヴェリオは必死に戦うヒロインを助け出すように、突き進む。
敵を退け、しゃがみ込むフランチェスカに手を差し出すが。
「大丈夫――」
その手は、パシリと拒絶される。
「あっ……」
ここでシルヴェリオは気が付いた。膝まで長い上着が
(こっ、これは?)
その下は見事なビキニアーマーであった。あまりの神々しさに、シルヴェリオは唾を飲み込む。体の回路がいくつかつながるような感覚が走る。
(これが、真の女神?)
「……嫌っ」
シルヴェリオはびくりとして、手を引く。
「許して……」
「あ、ああ」
シルヴェリオはやっと拒否されていると悟り、言われるままに後ずさりする。
状況は沈静化を見せた。女子の友人たちが駆け寄って来て、フランチェスカに寄り添い手を貸す。
「大丈夫?」
「うん、ちょっとびっくりした……」
「顔が赤いわ。魔獣の魔力を浴びたのね。早く帰って休みましょう」
二人の友人はフランチェスカを支え、シルヴェリオをチラリと見る。
(魔獣――。私が?)
「あーあ、ちょっとヒヤヒヤしたぜ」
「冒険者なら普通ニャン」
「学生さんにしては刺激が強かったですかね?」
「お前たちは出口まで見届けてくれ。私は少し戦っていく」
【サンクチュアリ】が帰還したあとも、シルヴェリオは狩りをするでもなくダンジョンをさまよう。時々襲い掛かる魔獣に聖剣を叩きつける。
しばらくして、待ちくたびれたのかカールラが降りて来た。
「そろそろ帰ろうぜ。そう、くよくよするなってー」
「何の話だ?」
「まったく……。冒険者デビューの日なんて、皆そんなモンさ。あっ、今日は初めてじゃないか」
「そんなのではない……」
「チェレステは気が付かないフリするタイプだなあ。デメトリアは責任感じてるぜ」
「……こんなことでか?」
三人共に状況は見ていた。常に仲間を気遣いするのがパーティー冒険者だ。
地上に戻り合流すると、すでに【サンクチュアリ】は帰還していた。
「これからは、もう少し作戦を考えますか。ただ漠然とダンジョンに潜るのではクエストとは呼べませんから」
「今日はいっぱい戦ったニャーン!」
不思議なテンションの冒険者パーティーが街への帰還を目指す。シルヴェリオは心ここにあらずで、ただ話を合わせるだけだ。
夜、シルヴェリオは暗い自室にいた。絵画たちの厳しい視線を一身に受ける。
いつものように扉がノックされるが、シルヴェリオには答える気力がなかった。両手で顔を覆い、うなだれたまま動かない。
もう一度ノックされ扉が開く。
「シルヴェリオ様……。元気をお出し下さい」
イデアはパーティーのメンバーから事情を聞いていた。
(十数年ぶりの会話がこの仕打ちだった……)
相手はシルヴェリオを、覚えていないような素振りだった。
「拒絶されてしまったよ……」
差し出した手は無残にも拒否された。フランチェスカはもはや優しく語りかける創造上のフランチェスカではなかった。
全て思いのままに進んだ人生の全てが、あの瞬間ひっくり返ってしまったのだ。
「もうおしまいだ。全てが終わった」
「それぐらいのことで――」
「何っ!?」
「いっ、いえ……」
「出て行ってくれ」
この日、シルヴェリオの世界が崩壊した。
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