38「戦う令嬢」

「戦う力って必要かしら?」

 フランチェスカのアトリエ兼寝室。タイミングを見計らいティーワゴンを運んだイルダは、ポットを持つ手を止める。

「お嬢様は戦いをご所望ですか?」

 そう言って、再びお茶を入れる手を動かす。フランチェスカは絵筆を置いて、背伸びをした。スイーツを見て心の中で小さく歓声を上げる。最近話題の南国フルーツを使ったタルトだ。

「うーん……。私のスキルって真逆にあるから否定してたけれど、ちょっと違うのかにあって」

「一般女性の場合、スキルがなければ真逆の存在ですね。しかし私たちは違います」

「訓練をすれば、伸ばせられるの――かあ……」

「ご所望ならばお手伝いいたしますが」

「最低限身を守るくらいにはなりたいわ」

 力もないのに誰かを守りたい。フランチェスカは自分の矛盾を痛感していた。ダンジョンで不用意に前に出れば、たちまち誰かから守られる存在になってしまう。


 午後、早速に二人は裏庭に出た。冒険者の姿で互いに木剣を持つ。

「こんなスキルを探知されてはやっかいですね。結界を張りましょう」

「私がやるわ」

 街中で戦いの気配を発散しては、騒ぎになりかねない。フランチェスカは両手を掲げて簡易結界を張った。

 問題は戦いだ。幼少期に受けた模擬戦の基本訓練を思い出す。

「ではお好きにどうぞ……」

 イルダは自然な立ち姿のまま、フランチェスカは構えて腰を落とす。

「行くわっ!」

 打ち掛けた剣が弾かれ、続けざまに二撃三撃を繰り返す。木剣の先が魔力の糸を引く。

 続いて距離をとり、剣からカッター魔撃を飛ばした。イルダは最小のシールド障壁で防ぐ。二度三度と続けたフランチェスカは膝をついた。

「はっ、はあはあ……。やっぱり――これはダメ……」

「お嬢様の魔力はヒール癒しグレース向きなのです。どちらもゼロ距離で最大の魔力を発揮します。ですから遠距離の魔力行使は体の負担になるのでしょう」

「分かってるわ――。でも男子たちが前衛大好きで――。はあ……」

「それこそが魔力の行使を阻害するのです。昔そのように考えた女性のブレイブソウル勇者がいました」

「?」

 イルダは上着を脱ぎ捨てる。下はビキニアーマーだ。

 フランチェスカはただそれだけで吹き飛ばされた。

「魔力の放出が高まった?」

「はい。肌の露出による効果ではなく、押さえつける力より解放されたのです」

 この説明は難しかった。女性特有の微妙な感情を切っ掛けとした、押さえつけられていたからこそ、爆発する力。

「分かる気がする……」

「うまく言葉にはできないですが」

 そのブレイブソウル勇者も、レベルは違えど更なる力を目指した。その魂は今も同じ女性の冒険者たちに受継がれている。

「ううん、私はどうなのか? ね」

「お嬢様は現状でゼロ距離ですがそれ以外を求めれば、今までなかった新たなスキルに目覚めるやもしれません」

「私自身が変わる切っ掛け……。やってみるわ。手伝って、イルダ」

「もちろんでございます。お嬢様」

 イルダは満足そうに微笑した。二人は再び剣を交える。

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