36「再びのダンジョン」

 シルヴェリオはファルネティ・イラーリア教授の呼出しを受けていた。

「最近はヒマか?」

「いえ。多忙ですが……」

「サークルがまたダンジョンに潜るんだ。お前、行ってくれるか?」

「忙しくて……」

「以前いっしょだったんだろ? 同じようにしてもらえればいいから。危険はないが、顧問としては万が一でも何かあっては困るんだ」

「教授が行かれれは……」

「私が行っては子守みたいになってしまう。保護者がいては自立心が育たん」

「考えておきます……」

「オリヴィエラも誘ったらどうかな? 私が言ったと伝えてくれ」

 シルヴェリオは考えた。それも悪くないかもしれない。とにかく学院生としては教授の依頼をむげにはできないのだ。

「ところで質問があります。ご教授を頂ければ助かるのですが」

「ああ、学生らしくなってきたな。何だ?」

「【ヨウキャモテルクサ】についてです」

「はあ? いきなりなんだ。まったく学生らしくない質問だな……」

「冒険者をやっていて、少々噂を聞きましたもので」

「あれはただの都市伝説だ。【ラヴ〇ラッグ惚れ薬】やら【ハッピーグラス幸福草】など呼び名は色々だが、全て偽物だ」

「なぜ分かるのですか?」

「せいぜい酒で酔う程度の効果しかない薬草だ。高値で売るための偽情報が【ヨウキャモテルクサ】なのさ」

 シルヴェリオは考え込んだ。なんとかその先につなげればならない。

「本当に偽物なのですかね? 近衛・・が動いているやに聞きましたが」

「そんな話は聞いてないぞ!」

「ほう……」

「い、いや……」

(食いついて来たな)

 イラーリアは近衛のエリートと騎士と、清く深い交際をしていた。婚約はまだなので、どうしても世を忍ぶような秘密交際となってしまう。シルヴェリオが率いる諜報機関ヴァレンテとイデアは、勝手に様々な情報を収集し報告しているのだ。

「……知り合いに聞いてみるか」

「では、私はダンジョンに潜るといたしますかな」

(さて、お手並みを拝見させていただきます。近衛の機密情報をどこまで引き出せますかな?)


  ◆


 次の休日。シルヴェリオはダンジョンの冒険者となった。

「こんなことに誘ってすまないな」

「いいのよ。イラーリア教授には昔からお世話になっているから。それに絵ばかり描いていると運動が不足するし――」

 傍らにはオリヴィエラがいた。冒険者の姿で、腰に細身の剣を吊す。登録は済ませていて、なんとCクラスであり正真正銘の冒険者なのだ。

「――学院生のために一肌脱がして頂くわ」


 前回と同じように【サンクチュアリ】は入り口でたむろし、打合わせなどをしていた。こちらに気が付き羨望の眼差しを送る。貴公子と芸術絵画の高級令嬢がそろい踏みだ。

 シルヴェリオたちはなるべく距離を取り、素知らぬ顔でダンジョンに入る。

「まるで冒険者みたいね」

「格好だけさ。下で獲物を間引いて、適度な脅威を楽しませる」

「シルヴは苦労人ねえ」

 オリヴィエラは笑った。そしてどんどんと先に行く。

「昔はけっこう来ていたのよ。さあ戦いましょう」

 下の階層にはポツポツと冒険者たちがいた。

「ミノタウロスには会ったの?」

「前回な。あれは嫌な感覚だ」

「やっぱり感じたかあ。シルヴのスキルも相手によっては善し悪しね」

「悪いばかりさ。魔人など、ろくなものではない……」

「人間相手には?」

「感じた記憶を反射で再現するくらいだよ。それもかなり不正確だと思う」

「それでも立派よ」

 話しながらさらに階層を下る。第四階層は今一番に熱い場所だ。

 オリヴィエラはやる気満々でどんどんと進む。無数に枝分かれした支道の先からは戦いの息吹が流れ出る。

「この先にまあまあのがいるわ。まだ誰も来ていないから頂きましょう」


 地の底から湧き出る魔力が魔核として結晶し、神話時代に悪魔が使役していた眷属たちが復活する。それが魔獣だ。

 そいつは四肢を持つ獣だが、実在するそれとはケタが違う禍々しさを放つ。頭部は縦に二つ。尾は三本あり脇腹には無数の触手が蠢く。

「女子を襲うようなセンスね。手を出さないで」

「邪魔はしない」

 上着を脱ぎ捨てると、下はビキニアーマーであった。剣を抜いて中段に構える。

(やれやれ)

 シルヴェリオは上着を拾い上げた。オリヴィエラは魔力の光をまとい始める。それに反応し魔獣の力も上がり戦闘態勢をとる。互いに一撃で決めると意見が一致したようだ。

 細い剣先をクルクルと回し、体のスキルをコントロールする。飛び掛かってきた魔獣に向け突きを解放し、相手は一瞬で爆砕した。

「まるでAクラスの冒険者だな」

「まさか。私は長時間戦った経験もないし」

「私もだ。専門家のようにはいかないよ。昔見たのとは違う衣装だな」

「いつの話よ。私は成長しているのよ」

「それはそうだ」

「ちょっと大胆だけど私の解放には合っているわ。人前には出れられないけど」

「そんなことはないよ」

 シルヴェリオは後ろから上着を掛ける。

「ああっ、やっぱりスキル解放は気持ちが良いわ。もうちょっと戦いましょう」

 二人は獲物を探してダンジョンを探索した。小物はシルヴェリオ。それなりの相手はオリヴィエラが仕留める。


 中央回廊に戻ると小物の魔獣が多く目に付く。様子が変わっていた。

「魔力波が来たのね。弱いのばかりだけど……」

 オリヴィエラは細身の剣を自在に操り、魔獣を串刺しにしていく。シルヴェリオは前に出ながら障害をなぎ払う。

「上に戻ろう。数が多い」

「ええ。今日の仕事ね」

 二人は風のように敵を切り裂きつつ、第二階層を目指した。

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