35「牧歌ピクニック」

【サンクチュアリ】たちは森の間道を進んだ。小鳥が一羽、晴れ渡った空を舞っている。

「こんな時に我が【サンクチュアリ】の歌でもあれば、皆で歌えるのに」

「却下します」

「音楽科に頼んでみるかな?」

「ダメ」

 コンチェッタは先頭を進むクレート案を即座に否定した。放っておけば本当に曲が出来上がり、歌唱を強要されると思ったからだ。

 他のメンバーたちも楽しそうにおしゃべりと森の空気を楽しむ。

 フランチェスカは親友の表情を見る。まんざらでもないのが微笑ましい。


 楽しいピクニックは終わり、一行は西の開拓地に到着した。

「まずは聞き込みをしたいが……」

「それなら孤児院に行きましょうか。何度か訪ねているから」

「フランチェスカがいて助かるよ。すぐに行こう」

 子供たちは庭で遊んでいた。

「皆久しぶりね。元気だった?」

「おっ、フランのねーちゃん。今日はヘンな格好だな」

「まあね」

 フランチェスカはルキーノの言葉に苦笑する。要は似合っていないのだろう。

「ボク失礼だなあ。僕らは冒険者パーティーの【サンクチュアリ】さ」

 とクレートは胸を反らした。ヘンと言われたショックを隠す。

「冒険者の登録証を見せてもらえるかな? 悪いけどFクラスは駆け出し認定するから」

「うっ……」

 学生サークルは雰囲気を楽しむだけなので、ここに冒険者登録した者は一人もいない。

「ちょっと、止めなさいよ。失礼じゃないの――」

 ノエミの助けが入り、やっと話が進むとフランチェスカはホッとした。

「――今日はどうしたんですか?」

「実は最近このあたりで大きな戦いがあった、って聞いて来てみたのよ。知ってる?」

「さあ、どうでしょうか? 知りませんけど……」

「そんなのがあれば、俺たちが出撃しているぜ」

「ほーら、やっぱりガセネタよ」

「いや、彼らは口止めされているんだよ。パラディン聖騎士がいたなんて、王政は秘密にしたいはず」

「もう……」

 コンチェッタの突っ込みにもクレートはめげない。ぶれない男であった。

「そういえばブレイブソウル勇者マドンナ聖母が戦っていたぜ――」

「なんだって! てっ、敵は――」

「――あれはたぶん魔王だね……」

パラディン聖騎士だけじゃなかったのか……」

「聞き込みはこれぐらいにしておきましょうか……」

 コンチェッタはクレートの腕を引っ張り、【サンクチュアリ】一行は孤児院を辞退する。

「さて、これからどうするの?」

「うーん、周辺の見聞だね。痕跡を探そう」

「私はちょっと教会に行ってくるわ」

「うん、あとで合流しましょう」

 フランチェスカは一人で教会に向かった。こちらはこちらで噂を確かめたいと思ったからだ。

 教会の中では数人の聖職者たちが何やら忙しくしていた。その中に見知った顔を見つける」

「ジャンマリオ司教様!」

「おっ、久しぶりだね、フランチェスカ嬢。また美しくなられましたね」

「先月中央教会でお目にかかったばかりですよ」

 フランチェスカの父親とジャンマリオ司教は旧知の仲で、家族ぐるみの交流があった。

「ふふっ、そうだった。西に通っているとは聞いていたが……」

 微笑した司教はフランチェスカの服装をいぶかしむ。

「じつは――」

 と状況を説明した。

「芸術学院が冒険とは勇敢だね」

「親睦会のような感じです。ところで以前の神父様は、移動になったと聞きましたが?」

「ああ、彼は優秀な神父だったらしいね。出世するのだと思うよ」

「あの、今は……」

「王都の中央教会付だろう。正式な移動はもう少し先かな?」

「そうですか」

「人気者は奪い合いになって、難しいんだ。急な人事は、だいたそれかな」

 ジャンマリオ司教は冗談めかし言ってから笑う。フランチェスカは納得した。

「フランにとっても人気者だったとはね」

「いっ、いえ。御挨拶もできなかったので」

「教会に通っていれば、いつかまた会えるさ。私は中継ぎ役だな。次も若い神父が赴任するかと思うが、どうかよろしく頼むよ」

「はい」


 クレートとコンチェッタたちは森の近くで戦いの痕跡を探していた。フランチェスカも合流する。

「どうだった?」

「前の神父様は出世するみたい。何か事件があったなんて思えないわ」

「噂のイケメン神父ね。開拓地に置いておくなんてもったいないものね」

 クレートたち男子はしゃがみ込み切り株を観察していた。広範囲に木々が伐採されている。

「ここで戦闘があったんだな。それで木を切ったんだ。隠すために」

「ここは開拓地だしね」

「見ろよ。草地も荒れている」

「作業したら、普通はそうなるわよねえ」


 昼食は孤児院の庭を借りた。テーブルの上に弁当のランチを広げる。

「おー、すごいね」

 コンチェッタは量、内容共に力作のサンドウィッチだ。クレートは感嘆の声をあげる。一方、フランチェスカはメイドに頼んだ自分の分だけだった。女子力完全敗北の瞬間だ。


 午後も周辺の森を流し見する。特に問題はなさそうだ。フランチェスカは教会と孤児院に挨拶し、一行は帰路につく。

 男子たちは今日の成果を話し合い、女子たちはおしゃべりに興じる。

 フランチェスカは友人に耳打ちする。

「あんなに手作りするなんて、本当にすごいじゃない」

「がんばっちゃったわ」

 今日の主役はコンチェッタだ。


  ◆


 屋敷の薄暗いアトリエで、シルヴェリオは追跡光球を閉じた。フランチェスカたちのおおよその一日を把握する。

(やはり魔人の件は握りつぶすか……)

「神父様がいなくなって寂しいわ」

「あいつは魔人だ。それに目の前から消えれば、いずれ忘れる」

「でも、深く心に残ったかもよ?」

 今夜のフランチェスカたちは、あまり素直ではなかった。

「私たちは優しくて人望のあるラファエロ様しか知らないし……」

「人の本質はなかなか見抜けない。魔獣ではなく、魔人なのだから」

「告解のお部屋で二人きり。ずいぶんお話しを聞いてもらったわ」

「何を話したのだ?」

「スキルで覗けばよかったのに」

「あいつはそれをブロックした。君を狙おうと教会の外でも仕掛けた。ただの魔人だよ」

 シルヴェリオの追跡は阻害され、ピーピングパペット覗き模型は損害を受けた。

それ・・を知らないまま、ラファエロは永遠になったのね。私にとって……」

「心の中、いっぱいに育っていくかも……。あの神父様をいつも追い求めてしまうくらいに……」

 フランチェスカたちは冷たかった。いなくなれば全てが終わると単純に考えていたのは、間違いかもしれない。シルヴェリオの底に得も言えぬ不安が溜まる。

「いずれ私のことしか考えられなくなるさ」

 強がりを言うとそれ・・はさら広がった。

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