28「暗闇の世界」

 屋敷の晩餐が終りシルヴェリオは冒険者の姿となる。ヴァレンテとイデアはその姿を見咎めた。

「これからお出かけですか?」

「ちょっと街を歩いてくる」

「こんなお時間にですか?」

「いやはや。お坊ちゃまも、男になられましたなあ。旦那様など毎晩のように――」

「いや、趣旨が違う。少し様子を見てくるだけだ。遅くはならん」

 シルヴェリオは話もそこそこに屋敷を出た。


 繁華街は稼いだ冒険者や、仕事を終えた商工人たちで活気に満ちていた。怪しげな魔力や気配は感じない。

(それにしても……)

 近衛や憲兵の匂いを感じさせる男が複数歩いている。それに女性を含む、王都から来たとおぼしき冒険者パーティーの姿も見受けられる。

 もちろん王政がこの街の治安に気を配るのは良いことだ。冒険者たちとて、観光がてらここでクエストを受けようか、と考えてもおかしくはない。

 以前を知らないシルヴェリオには、今が通常なのかどうか判断できない。


 シルヴェリオはひとまず屋敷に戻った。寝室兼アトリエに籠もり、暗闇の中フランチェスカたちを眺める。全て本物の絵画だ。それは作り物の笑顔でもなければ、仮面でもない。しかし今夜は語りかけてはくれなかった。

 そのままベッドに横になり、これからどうすべきかと考える。


 繁華街も寝静まった頃、シルヴェリオは身を起こす。青白い光に照らされるバルコニー出て夜空を見上げると、月は厚い雲に陰った。

 庭に飛び降りて裏の塀を跳び越え、人気のない路地を音もなく駆ける。

 郊外の農道を抜け森に入り、リフティング・アクション浮遊突撃に切り替えた。魔力放出を最小に絞り音もなく進む。地形は頭に入っており、体が勝手に順応する。シルヴェリオはこれからどうするかを考えた。

 開拓地が近づくと徒歩に切替え、木々の間からレイ西・カチェル教会をうかがう。距離は三百メートルほどあり、ステンドグラスの奥に淡い光が見えた。シルヴェリオは歩を進める。

 二枚扉をゆっくり引くと神父らしき背中が見えた。

「これは、これは……。こんな時間に礼拝など、敬虔な信徒がいるものですね」

 ゆっくりとラファエロ神父は振り返る。

「褒め言葉と受け取っておこう。敬虔な冒険者として」

「世界に不要な存在、ですかね」

「……」

 シルヴェリオは聖剣を抜いた。

「そんなシロモノを持っている――人間っ!」

 ラファエロ神父が目を見開くと、シルヴェリオは一気に後方に飛ばされる。開拓地を抜け森が迫りシールド障壁を張ると、それは木々を数本砕いて止まった。

(私が来るのを待っていたか……)

 シルヴェリオは振り出しにもどったように、再び歩を進める。教会の入り口に神父の姿が見えた。

「むっ!」

 その姿は一気に拡大した。ほぼ同時にシルヴェリオは斬りかかり、二人は無音のまま激突する。神父の体から伸びた細い昆虫のような腕が刃を防ぐ。互いに一時後退し距離をとった。

 背中から複数の昆虫の腕が伸びる。眼球が反転し目がくれないに染まった。翼が現われ浮遊する。

「とんだ人気者の神父様だったな」

「また、俺様の邪魔をするのか――」

「?」

「――人間よ……」

 頭部が割れて小形の魔獣が顔を出した。これが神父を生かしている正体だ。

蝙蝠コウモリを核とした複合魔獣――吸血鬼の分類か……)

 リフティング・アクション浮遊突撃で距離を詰めて、髙速で複数の暫撃を繰り出す。しかし全て昆虫の腕が阻み攻撃に転じた。美形の頬に浅い傷を受けて、シルヴェリオはたまらずシールド障壁を張る。

(あえて顔を狙うか。面白いヤツめ)

 そのまま後退しつつ、ラファエロ神父をシールド障壁で包み込む。シルヴェリオは胸に手を入れてペンダントを外した。そのまま回転させ側面に投げ捨てると、トップが木に突き刺さる。

「悪いが本気を出させてもらおうか」

 シルヴェリオの中で何かが変わった。

 昆虫の腕から伸びた突起が刺さり、シールド障壁は内側から砕け散る。魔人ラファエロは薄く笑う。人を獲物としか見ていない笑みだ。

 互いに本気に切り替わる。

「さあ、見せてみろ。お前の記憶を食ってストークしてやる!」

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