27「オタクの絵画」

 ストークパペット追跡模型は数日前に屋敷に帰還し動きを止めていた。シルヴェリオの知識を持ってしても、修復は困難である。かつ、フランチェスカへのストーク追跡も阻害されていた。

 街の魔導具屋に持ち込んでも修理困難のシロモノである。かといって正規のルートに載せれば、戻って来ない可能性が高い。

(あそこに行ってみるか……)


 いつものように学院では個人的な趣味を楽しんだ。夕刻近くに目的の場所を訪ねる。

 シルヴェリオはその部屋の扉をノックするが反応はなかった。【魔導具研究会】の看板が掛かっている。仕方なしと開けると、中では白衣の数人が何やら作業に熱中していた。

「失礼。ちょっといいかな?」

 声をかけても反応がない。よほどの集中力なのだろう。

「オタク! なんなの? 勝手に入って来ちゃ困るよっ」

「いや、声かけはしたが……」

「どうした? 部外者は立ち入り禁止だよ」

 次々に気が付いた研究員たちにシルヴェリオは詰め寄られる。

「これの修理が可能か相談にのってほしい」

 そしてカバンから布に包まれた魔導具の小鳥を取り出す。


「これはスゴイ!」

「ああ、そこらで売っているシロモノじゃないぜ!」

「金もかかっているしなあ」

 小鳥は机に寝かされ胸が解放された状態だ。中には金属プレートと部品、いくつかの魔導核が光る。

「オタク、これをいたいどこから?」

「いや、そこは話せないな」

 王宮の魔導技術士たちが作った試作品。シルヴェリオの父が廃棄扱いリストに載せ、フィオレンツァ家に流れてきたのだ。シルヴェリオのスキルでの運用試験が正式な名目であった。

 不正ではない。このような方法が可能なのは、開発と運用が厳密に分けられているからだ。

「おいっ、ガストーネ。お前も見てみろよっ!」

「ああ、そんなにスゴイの?」

 一人だけ作業に没頭していた学生が輪に加わる。

「こいつは天才」

「そう、どんな原理も見抜いちゃうんだ」

 そのガストーネはルーペを当てて中を覗き込んだ。仲間はピンセットを使い胸部を大きく開く。

「不具合の原因は何か分かるかな?」

「魔力の過剰放出による過負荷かなあ。飛行が前提だから、これ以上ゲルマタイトの強度は上げられないんだ。たぶんこの部品が変形しているだけだと思うけど……」

「直せるのか?」

「皆の協力があればね。元の寸法を予測して、スクラップのゲルマタイトから削り出す。僕は加工が得意じゃなくて……」

「ふむ……」

 さてどうしようかとシルヴェリオは考え込んだ。

「あっ、オタクはラヴキュアにシオ対応した貴公子だな」

「?」

「そう、エントランスの大絵画を描いたヤツだぞ」

「あれは少し手伝っただけだが……」

「だったら修理する代わりに、俺たちのキュアを描いてくれないか?」

「誰だ、それは?」

「オタク失礼だなっ! 彼女たちさ」

 と言って壁に飾られた絵画を指差す。それは三人の娘で、シルヴェリオは特徴に見覚えがあった。

「下手くそな絵だな……」

「僕らの力作だよお。オタク、失礼だなあ」

「いや、情熱は感じるな。力強い絵だ」

「オタク分かってるねえ」

「僕らは皆このアイドルの熱狂的ファンでね」

 と言ってガストーネは肩をすくめた。

「レストランで相席の彼女たちをシカトしたでしょ? 噂だよお」

「ああ、あれか……」

 シルヴェリオは思い出す。ピンクの髪色はクールな魅力が感じられるのに、作り笑顔が張り付いていた。水色の髪色はいつもの笑顔の上に、面のような表情を作っている。緑の髪色は常にどういう表情を作ろうかと、一貫性のない微笑だった。

(おかしな女子たちだったな)

「その三人を――」

「分かった。芸術絵画は私の専門だ。任せてくれ」

「じゃあ、この修理は僕たちに任せて」

 取引成立だ。その後は詳細なリクエストを詰める。


  ◆


 すぐにシルヴェリオは絵画サークルへと向かう。部屋ではオリヴィエラが一人で創作に没頭していた。後輩たちを指導したあと、こうして創作に向き合うのだ。

「あら、いったいどうしたの?」

「空いてるキャンバスはあるか? 急に描かねばならなくなった」

「いくらでもあるわよ。ここはそういう場所ですから」

 道具と画材の棚から必要分を引っ張り出し、椅子も四脚並べる。その一つに座り、シルヴェリオは息を吸い込む。

(まずはピンクからだ。いくぞっ!)

 考えはまとまっていた。仮面ならばその仮面こそが依頼者の求め。少し媚びたような作り笑顔を再現する。ここの衣装は制服でよいだろう。

 続いて水色はシラけを隠す微笑。そして緑は困ったようなはにかみ。三枚の荒いスケッチを終え、最後の大ぶりのキャンバスの前に座った。三人の前身画に挑む。リクエストはビキニアーマーだった。

 衣装は女性冒険者などを参考にしつつ創作。めんどくさいので全員おそろいとした。武装はなし。

 問題は制服の下に隠れている肉体だ。これは蓄積された人体データから予測するしかない。

(ん? そうか! なるほど。こんなゴミ絵も役に立つか……)

 全ての創作を自身に取り込み力とするシルヴェリオ。ポーズはそれぞれの性格からデッチ上げた。

(この力を手に入れれば……)

「あら、こんなのを描くんだ。これラヴキュアね」

 気が付くとオリヴィエラが後ろにいた。今日の予定に区切りがついたようだ。

「知っているのか?」

「学院の広報戦略だもの」

「知らなかったよ。頼まれ仕事さ。今日はここまでにしておくか。時々ここに来て仕上げさせてくれるか?」

 シルヴェリオは自身の創作が終わったオリヴィエラに気を使う。

「私の個人ロッカーに補完しておくわ」

「助かる」

 こんな絵を描いているなど、人に知られるわけにはいかない。

「使った画材はあとで補充しておく」

「いいのよ。半分はあなたの家からの寄付で、半分は私の家からだもの」

「……知らなかったよ」

 オリヴィエラは今も弟のようなシルヴェリオを笑った。

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