26「嫉妬の教会」

「そろそろおいとまします。教会も少し覗いていくか……」

「ぜひ」

 シスター修道女は嬉しそうに言う。相手のイケメン効果だ。

「今日は人が多いようですが」

「ミサ以外にも説法の集まりを開いておりますの。ぜひっ!」

 その笑顔は、すっかり神父とやらに籠絡されているようだった。

「なかなかの神父だぜ」

「文句の付けようがないわ」

「残念ながら、もう説法は終わる時間ですが……」

 子供やシスター修道女たちが、自分以外の男を持ち上げる。シルヴェリオにとって初めて体験する状況だった。


 おもてに出ると。神父の周りに令嬢の輪ができているのが見えた。

(あの中にフランチェスカがいたのか……)

 スキルでその様子を拡大視する。全て街から来た令嬢ばかりだった。とんでもない人気だ。シルヴェリオたちは教会へと向かう。

「あれが噂の神父か。チェレステは私とあいつと、どちらが美形だと思う?」

うちで飼っているオス猫が一番のイケメンだニャン」

 チェレステは猫の本能に戻っていた。

「私たちの負けか……」

「小さい教会ニャンねー」

「大きいと力を誇示している、と誤解する貴族もいる。この地ならば、この大きさなのだな」

 寄り合い所帯の領地は互いに気を使うのだ。わきまえつつ仲良くやっている証拠だ。

「ヘルミネンの教会は大きくて立派なのに、わざわざ街じゃなくて遠いここに来るニャンね-」

「……」

「神父様の魅力だニャン」

「そんなのあり得ないだろう」

「そうニャン?」

「そうだ」

 ちょうど説法とやらが終わり、神父はニワカ信徒たち見送っていた。少し待ちシルヴェリオたちは接近を試みる。

「こちらをお訪ねですかな?」

「孤児院の来たのですが、せっかくですから教会も見学できればと」

「どうぞご自由にお入り下さい。私は信徒の皆様をそこまでお送りしますので……」

 こぢんまりとした教会だ。席も開拓民の数を少し上回る程度だろう。ミサは開拓民。来訪者は説法として使い分けているようだ。小さな告解のスペースもある。

 祭壇には特定の神の彫刻ではない、神のシンボルが置かれていた。

(どの神かを厭わない勢力か……)

 神話時代から距離を置く一派だ。派閥争いとは関わり合わない妥協の産物で、これは悪い話ではない。

「さて、行くか。目的は果たした」

「さて――、ニャン?」

「うん……」

「ニャンニャンねー」


 帰り道もレア薬草を探しながらの旅路となる。

「ふう……。しかし無名の薬草がけっこうあるものだな」

「雑草ニャン」


 帰還してすぐさま冒険者ギルド裏手の買取所に持ち込む。今日も馴染みの顔がいた。

「なんだ、こりゃ!」

「植物図鑑にもない珍しい草だ。未知の薬草があるかもしれん……」

「ん~……」

 買取業者はザルの上の草をしげしげと眺める。山をかき分けて中も確認した。

「ゴミだな。これは!」

「あっ!」

 とすかさず、隣のゴミ箱へ放り込む。

「薬草持って来い。ゴラア!」

「もっとよく見て――」

「はい、次の人」

「くくっ……」

 シルヴェリオは脇に避けてゴミ箱をあさった。

「雑草ニャン」

「持ち帰り見てもらう。何かの効能があるやもしれん」


「今日は付き合わせて悪かったな」

「元気出すニャン」

「ん? 私は元気だぞ」

「手伝うニャン?」

「私のこだわりだ。お前たちは巻き込まんさ」

 チェレステを見送り、シルヴェリオは深いため息をついた。ヨウキャへの道は遠い。

「おーい、兄ちゃん。悪かったな」

 業者が追いかけて来た。低姿勢で手を振る。

「女がいたしな。アレ・・の話はできんよ」

「いや……」

「それ、置いてったらどうだ。ん?」

(わざわざ? 妙にこだわっているな……)

「いや、知り合いが詳しい。雑草だとしても、調べてみる。何事も勉強だしな」

「うーん……。あきらめの悪い奴は嫌いじゃないぜ。頑張りな」

 業者は作り笑顔で答えた。右手を上げて去って行く。


 屋敷に戻り執事とメイドたちがシルヴェリオの成果を見聞した。結論は単に分類されていない雑草である。裏手の堆肥置場に積まれ、いつかは庭の花壇にまかれる。シルヴェリオは、それを眺めながら思う。

(いつか花を咲かさせるのもまた、我らの責務だな……)

 そうしみじみとルキーノの才能を思い出した。

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