29「私刑の男」
聖剣を一振りすれば光る刃が宙を舞った。三つの刃が三方から神父に迫る。シルヴェリオは
「なぜ我の好きにさせんのだ? なぜ神は人の邪魔をするのだ?」
「おまえはもう人を辞めている」
二人は触れ合わんばかりに接近する。
「
過去の残像。娼館の一室。窓には赤い光が揺らめく。あちこちで火の手が上がっているのだ。時限発火させた魔力の炎が街を焼いている。
神父は馬乗りになり娼婦の首を絞めていた。胸のペンダントが暴れるほど、ベッドに押しつけながら何度も力を入れる。
「なぜ僕と逃げてくれないんだ」
かつてのプレゼント。何かの証を引きちぎってポケットに押し込む。それは五十年前のある男の記憶だ。
現実に戻ったシルヴェリオは
「ぬおっ!」
それらがシルヴェリオを捕らえる寸前、三つの刃が背中に炸裂する。
(接近戦はこいつの間合いか?)
自由落下して距離をとりつつ二度三度と聖剣を振り、神の光を飛ばす。
「なぜフランチェスカを狙ったのだっ?」
「なぜ邪魔をする? なぜお前たちは私を自由にさせない?」
「それは貴様の勝手な理屈だっ!」
「リ・ク・ツ? それが私の本能だっ!」
ラファエロは追いすがり、シルヴェリオは地面で
「もう一度だ――。
逃げるラファエロの背中。追いかける男たち。大火災の最中、逃げ惑う群衆に紛れもう一つの遁走劇が繰り広げられた。森に逃げ込み草地に身を潜めるが、徐々に包囲が狭まる。
そして終焉――。
――森の中、ラファエロは無残な姿で大木に縛りつけられる。
「助けて……」
両腕が折れ足はひしゃげ、ぐしゃぐしゃのそれらから骨が突き出ていた。
(街に火を放ち娼婦を殺したのだ。制裁だな、これは……)
血の匂いに誘われ獣と虫が集まって来た。そして身体中を食い散らかす。
「助けて……」
大混乱の修羅場。人肉が焼ける死臭にまかれ、娼婦を手にかけた殺人鬼にまともな裁きは許されなかった。
頭部を貫く闇がコウモリの魔獣に変化し脳みそを喰らう。ラファエロは目を剥き出し絶命した。
そして森の中の
「僕と逃げよう。なぜ嫌がるんだい?」
再びの現実。シルヴェリオは地上から空に向かって攻撃をカチ上げる。魔導具により力を押さえていた体が、戦闘に順応を始めた。
「お前も同じだ。私の中の人が、女を殺してしまえと言っている」
「違うっ!」
「衝動をごまかすな。手に入れてから、どう料理するか考えればよいものを……」
「つまらん魔人が! ミノタウロスほどではないのか?」
「人間風情が……」
聖剣を大きく振りかぶり魔力を溜める。そして放つ。大ぶりの弧は回転しながらラファエロを追尾する。昆虫の腕で防ぎつつ遁走し、地上のシルヴェリオに掃射攻撃を続けた。
(甘いな。私を撃っている場合か)
右に左に蛇行機動しつつ光の弧をつかむように左手を挙げた。そして放つ。直撃を受けたラファエロは森へ落下し、シルヴェリオはそこへ向け突っ込む。
「貴様は用心棒の手で殺された。それで良かったのではないか?」
「なんだと? 貴族のお坊ちゃま君が知ったふうなっ!」
斬りかかるシルヴェリオ。ラファエロの腕は人間に戻り、手には昆虫外殻の剣が握られていた。それは魔力を吹き出しながら振られる。
「あの女は、貴様と共に死にたがっていた。お前に殺されたいと願った」
「あの娼婦は俺を罵り蔑み、そして死ねと言ったんだ――」
異形の剣が魔力噴射で突かれる。シルヴェリオはそれを払い、二撃三撃を避けて後退した。
「――だから死ねばいいと思っただけだ」
「誰よりも貴様を知っている女だ。だから愛した――」
聖剣が一段と発光した。シルヴェリオは木々ごとラファエロをなぎ払う。
「――遺書が見つかった。全てが終わったあとに」
「なに!?」
剣を振り上げた腕がポッキリと折れる。
「貴様は私刑となった。それこそが女の望みだった……」
「おおおおっ――!」
肘関節から昆虫の前腕部が現われる。
「共に死のうと言われなかったか?」
「戯れ言だ……」
「そして計略した。共に死ぬために――な」
「戯れ言だ。嘘だっ、妄想だ!」
「貴様は逃げた。何もかにもから。そして魔人となり同じことを繰り返した」
「そう、それが俺さ……。見ろよ? 俺は魔人だぜえ」
「その本質を知った女は、共に死ぬしかないと悟ったのだよ」
シルヴェリオはゆっくりとした動作で剣を動かす。聖剣の軌跡で光の輪を作った。
「そろそろ決着を付けてやろう」
婦女子が持つ天使の輪。それが何重にも分かれ、ランダムに回転した。それはラファエロの攻撃をことごとく弾く。
「この期に及んで、守るだけの
「違うな。これは――」
全ての輪がシルヴェリオと木々をすり抜けて、四方からラファエロに殺到。魔人の体を切り刻んだ。
「――神が攻撃に使う
バラバラとなった魔人体の上にラファエロの首が乗る。
(必殺すぎるな)
「もう一度聞く。なぜフランチェスカを狙ったのだっ?」
「女――、だからさ……」
魔人の肉体は次々に爆砕し消えた。跡に残ったのは所々に魔核の輝きを持つ人体モドキの白骨だった。
「聖剣か……」
シルヴェリオは、このように戦えと語りかけていた一振りを眺め鞘に収める。親指で撫でると顔の傷は消えた。
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