23「東の救世界軍・急」

 夜明け前。シルヴェリオはテントから這い出す。

 昨日とは違う緊張感と朝の冷気に身震いする。背負っているものが違うと感じた。

 デメトリアも同様なのか顔つきは厳しい。


 二人はお茶を飲んでパンをかじっただけで早々に出撃した。

「何か秘策があるのですか?」

「単純な話だ。スキルを忘れるのだよ。人間固有の感覚を研ぎ澄ますのだ」

「?」

 不思議そうにデメトリアはシルヴェリオを見つめる。問いたださないのは信頼のあかしだ。


 論より証拠とばかりに、シルヴェリオは説明を省き森の中を急いだ。解決が早ければ早いほど、資金も政治も人員も消耗が少なく済む。

 冒険者たちは同様に魔獣を警戒し、発見すれば討伐を繰り返している。二人は前日の道筋をトレースしながら進んだ。

「むっ!」

 止まったシルヴェリオは草むらを指さした。そして侵入する。そこの草は部分的に倒れていた。

「ここだな。人間と魔獣が争った跡ではない。それなりの大きさがここに潜んでいた」

「言われてみれば確かに。朝露が下りた後です」

「まだ新しい跡だ」

 そして倒れた雑草が奥に続いている。

「行くぞ。実体を見ようと思うな。草木の違いを感じろ」

「はい」

 少し進むと違和感が消えた。二人は止まり抜剣する。静寂が続き、草木が凪《なぎ》る音が妙に大きく響く。

 突然シルヴェリオは振り向きざまに剣を振るった。一瞬で発光した剣筋が伸びる。それは空間にぶつかり魔獣が実体化した。

「いたっ!」

 それはギギーッと不気味な悲鳴を発しながら空中を飛び、もんどりうって草地を転がる。頭部と八本の足が狼、胴体が巨大な蜘蛛。スパイダーヴォルと呼ばれる奇形の魔獣だった。シルヴェリオはリフティング・アクション浮遊突撃で一気に突っ込む。

 スパイダーヴォルもまた浮き上がり、一瞬で体ごとスライド。攻撃をかわした。

「チッ!」

 そのまま方向転換し遁走を図る。追いすがるシルヴェリオは剣を上段に引き光を溜めた。蜘蛛の尻から無数の糸が吐き出されるが、デメトリアが手を出しシールド障壁で防ぐ。

「くらえっ!」

 突き出された剣から光の槍が飛び出し、ジグザクに進みながら直撃する。勢いのまま転がったスパイダーヴォルは弾けて消え,魔核が草むらを転がった。

「なんともあっけない……」

 何日も影さえ踏めなかった敵を、まだ日が昇り始めたばかりなのに殲滅してしまったのだ。デメトリアは素直に呆れた。

「頼りのステルスが剥がれれば、こんなものだよ。運もこちらに味方したな」

「いえ。私たちを待ち伏せしていました」

「昨日さんざん魔力を振りまいたからな。こいつはなかなかの知能物だよ」

「そこまで――」

「そうやって今まで人間を狩ってきた。私たちを普通の二人だと見誤った。今回は相手が悪かったな」

 集団で戦う冒険者たちから離れて戦う少人数を待ち伏せする。そんな魔獣に立ち向かうため冒険者たちはパーティーを組むのだ。

「討伐の報酬はどうなっているのだ?」

「討伐者の物となります」

 冒険者たちは日当と歩合の両建てとなっている。

「この魔核は教会に寄付しようか」

「あなた様に神のご加護を……」

 デメトリアはそう言ってこぶし大の水晶体を拾い上げた。


 二人は森を歩きながら小物を狩り、出会う冒険者たちにボス討伐を告げてまわった。これ以上敵は増えず離脱する魔獣も多い。最後の仕事とばかりに狩りに精を出す。


「おおっ。よくやってくれました」

「他の魔獣はじきに引くでしょう。後始末は私たちで可能です」

 ルドヴィカは浮かせた腰を椅子に落とし脱力した。デメトリアは少し誇らしそうに報告した。この後は残敵掃討、報酬の清算、入植者たちのケアなどの仕事が残っている。

「私は今日にでも引き上げますよ」

「明日の朝立つ便があります。それを待ってはいかがですか?」

「そうです。その汚れた服も洗いますので、汗も流して下さい」

「分かりました。そういたしますか」

 シルヴェリオはルドヴィカとデメトリアの助言に素直に従う。早く帰りたいのは本音だが、少し情報収集もしたかったのだ。


 シスター修道女たちが洗濯をしている。大きな木桶に汚れ物と水を張り、裸足で入り足踏みする。大勢で讃美歌を歌いながらリズムを合わせる。娘たちの魔力に浄化の作用がある。

 幕で仕切られた隣が即席の水浴び場だ。

「髪も洗わせていただきました……」

 編み込みをほどいたデメトリアが濡れ髪で出てきた。

「シルヴェリオ様もどうぞ……」

 長方形の白い布袋に、頭と腕の穴が開いているだけの超簡易服に着替えていた。運び込む物資を最小限とし、最低限を満足させる知恵だ。

 これが教会と救世界軍だ。国家の権威を背負う、王国軍や騎士団とは違う世界だった。

「さて、全て剥ぎ取らせて頂きます」

 突撃シスター修道女がにじり寄って来た。追い詰められた獲物に逃げ道はない。

「降参だ。自分でやせてもらおうか」

 シルヴェリオは天幕の中に入り、衣服をかごに入れ外に押し出す。大きなタライに中に入り、井戸からくみ上げられた水の入った桶で頭からかぶった。


 シルヴェリオは教会の小さなテラスで、デメトリアと二人で簡素な昼食をとる。ぬるいお茶にチーズを練り込んだ硬いパンだ。貴族たちの戦いとはずいぶんと違う世界だった。

 さわやかな風が布の隙間から入り込み体に心地よい。周囲は静かでさっきまでの戦いが嘘のようである。

「デメトリアはなぜシスター修道女にならかったのだ?」

「突然なんですか? 私には戦う力がありました。このような奉仕が運命なのです」

「こう言ってはなんだが、シスター修道女なら上を目指せる。今からでも遅くはない。考えてみてはどうかな?」

「興味がないとでも言いますか、考えたこともありません。シルヴェリオ様は面白いことを言いますね」

「騎士など言っても貴族のそれとは違う。戦えるだけ戦って、終わればそれでお役御免だ。後には何も残らないぞ」

「それでいいのですよ。今日もたぶん誰かを助けましたから……」

 そう言って首を少しかしげて笑った。銀色の髪が風に吹かれて光る。デメトリアはそれを手で押さえた。太陽が純白の肌着に反射して金色に輝いて見える。

「私はそれで満足なのです。たぶんこれからも考えません」

 フィオレンツァ家のバックアップがあれば可能だし、こちらとしても教会に太いパイプが持てる。

 そう思っていたシルヴェリオは自分を恥じた。

「そうか……」

 その一言だけを絞り出した。娘たちは教会騎士をたたえて歌っている。


 翌朝、シルヴェリオは洗いたての服に着替え、空の荷台に乗り込む。馬車はゆっくりと出発した。

 風に乗って讃美歌が聞こえる。人の汚れてしまった何かを踏みしめ、綺麗に変えてしまうシスター修道女たちの歌声だ。

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