22「東の救世界軍・破」

 森に入り進むと数名の冒険者たちが散発的に戦っていた。相手は小物ばかりだ。後方のシスター修道女たちはシールド障壁を張り、ヒールを使って援護する。

「連携がいまひとつだな」

「はい。信者の冒険者は夫婦者やカップばかりを呼び構成しました。即席の集団で互いに慣れていなくて……」

 シスター修道女たちが手助けする戦いに、野郎ばかりのパーティーは投入しにくい。救世界軍の弱点でもある。寄せ集めのペアにシスター修道女たちの組み合わせは、ただの即席パーティーであった。

「開拓地から離れず、間隔もあまり空けないように指示しております」

「それでいいと思う。安全第一だ」

 シルヴェリオたちは小物魔獣と小競り合いしつつ、問題の強いヤツを探すが、まったくサーチ探知にかからなかった。

「シルヴェリオ様もそうですか。やはりステルス隠密スキルを持っているのか……」

 話にしか聞いたことがない珍しいスキルだ。手がかりもなく影も踏めないので、二人はサーチ探知した魔獣を片っ端から狩りまくった。とにかく数を減らさねばならない。

 獲物を追い求め奥へ奥へと進んだ。脅威を感じなくなりここまで、と思ったころ、小さな泉に遭遇する。二人は喉を鳴らして水分を補給した。

「ここまでにするか。水浴びしたらどうだ? 私は離れて警戒するから」

「だっ、大丈夫です」

「お前匂うぞ」

「えっ? 一週間もこの姿のまま戦っていましたから」

「早くしろ。美人がだいなしだ」

「はい……」

 シルヴェリオは素早く泉から離れる。

(ひどいものだ……)

 長期の消耗戦は知らず知らずのうちに精神をむしばむ。強敵との短期決戦の方が、ある意味楽とも言えた。

 普通に見えてもデメトリアは相当参っているのだ。


 さっぱりとしたデメトリアとシルヴェリオは森を抜けた。

「シルヴェリオ様も水浴びすればよかったのでは?」

「私はまだ初日だ。におうかな?」

「いっ、いいえ……」


 魔獣とて夜間は眠る。夕刻が近づき、他の冒険者たちも引き揚げて来ていた。この戦力はせいぜい教会兵のレベルとなり、つまり教会騎士はデメトリア一人だけだ。

「夫婦者やカップルなので、彼らは農家の納屋を宿舎とします。私たちはシスター修道女たちと仮設のテントで申し訳ございません」

「野営よりましさ」

シスター修道女たちがおりますから。あまり大きな声などはださないように……」

「一人では普通の声も出さないさ。確かに夫婦者やカップルを,そこには泊められないな」

 シルヴェリオたちを見とがめたシスター修道女が走ってきた。

「ルドヴィカ様がお呼びです。終わりましたら食事を用意しておりますので、休憩所にお越しください」


「何の話かな?」

「ルドヴィカ様はああ見えて信義にお厚い方。今回の一件を大きな借りと考えているはずです」

「悪い話ではないのか……」

 聖堂の脇からつながる小さな執務室を訪ねると、マザー婦長ルドヴィカは書類から目を上げた。

「お座り下さい。先ほど教会兵のリーダーから報告を受けました。数をずいぶん減らしたとか」

「二人一組の狩りは効率が良いのです」

「なるほど。パーティーですね。強い魔獣はいかがですか?」

「気配を消す能力がありますが、それだけです。明日対処いたします」

「そうですか――。フィオレンツァ卿の資金援助のおかげで損失は最小限に収まりそうです。これはこれで責任の所在が曖昧に――、いえ、とにかく助かりました」

「父にそう伝えておきます」

「ところでシルヴェリオ様は、洗礼は受けたのですか?」

「いえ。予定もありません」

「ルドヴィカ様。シルヴェリオ様はこれから婚約相手をお探しになります。教会の洗礼を受けては、相手選びに差しさわりがございますので」

「そうですね。教会を警戒する貴族は多いですから。今のは忘れてください」

 教会は救世界軍なる組織を持つが、軍と言っても信者の寄せ集めにすぎない。だが本職の軍や、私兵をそろえる有力貴族は不信を隠そうとしない。よって教会とは対立の構図が出来上がる。

「ただ教会には通ってみようかと考えております」

「それはありがたいですね。貴族の皆様には、少しでも我々の活動を知っていただきたいです。どちらの教会ですか?」

「西の教会です」


 短い面談を終わらせ、二人は休憩所に向かう。

「教会に肩入れはしたいが、たいしたことはできそうもないな」

「十分ですよ。シスター修道女たちの口伝くちづてにシルヴェリオ様の貴公子ぶりは王都でも広がります。フィオレンツァ家の評価が上がり、私も嬉しいですよ」

「私はちょっとな。喜んで良いものか……」

「ルドヴィカ様も助力して下さるでしょう。婚約にも有利では?」

「……良い評判を伝えてもらえるよう努力するか。少々教会に取り込まれるのも悪くない」


 シスター修道女たちと共に、空腹にパンとシチューの簡素な食事を詰め込む。体中にしみ込むような味だ。

 疲れ切った顔をしていた女子たちに生気が戻った。甘いお茶が運ばれ口にすると生きた心地がする。

「ところで皆に聞きたい。レイ西・カチェル教会の神父とシルヴェリオ様とどちらがイケメンだと思う?」

 デメトリアが作戦を開始する。家の評価が上げ、同時に殺伐とした空気を和ませた。

 娘たちは笑顔で顔を見合わせた。あなたはどうなの? といった表情だ。シルヴェリオには意味が今一つだ。

「その若き神父の評判がものすごいのですね。どちらが美しいか私も興味がありまして」

「男に対して、美しいはどうなのかな」

「はいっ、私は断然シルヴェリオ様です」

 初日に婚約者質問をかました突撃シスター修道女だ。

「はい。私もです」

「私もっ」

 シルヴェリオは圧倒的な票数をかき集め一位を獲得した。本人を前にして、相手を押す娘もいないであろう。

(分かっていても嬉しいものだな。何せ相手は西の男だ)


 明日も朝早くから戦いが続く。全員早々にテントに入り、泥のようになって眠った。

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