21「東の救世界軍・序」

 デメトリアから書状が届いた。東の教会で魔獣討伐にてこずっているとのことだ。フィオレンツァ家の小切手も入っていた。

 シルヴェリオは学院を休みとし早朝に屋敷を出立した。

 荷馬車に同乗し、王都へ向かう街道を途中下車。森の道を北へと進んだ。そして同じ目的地へ行く救世界軍の輸送隊に合流する。


 学院と芸術の都ヘルミネンからは東。王都エルヴァスティからは北西に位置する開拓地に到着した。

 そして、しばし教会の休憩所に待機となる。シルヴェリオ以外は全て若いシスター修道女ばかりであった。シルヴェリオの方をしきりに気にする。大きなお茶のポットとカップが運ばれ、娘たちは人数分にそそぐ。

「あの……。どうぞこちらへ」

「ありがとう」

 声をかけられたシルヴェリオはさわやかな笑顔で返す。シスター修道女たちははしゃぎそうになり、あわてて真顔に戻った。ここは戦いの場だ。

「騎士様なのですか?」

「いいえ、残念ながら学生です。兼業冒険者なのですよ」

 皆は複雑な表情だ。ただの学生よりは、マシな程度だろう。もっともこのシスター修道女たちにしても、ヤングシスター見習い修道女たちである。

「戦いは厳しいのでしょうか?」

「私も呼ばれて来たばかりです。状況は分かりません」

 シスター修道女たちの任務は後衛からの魔力援護とヒール癒しによる治療。その他後方雑務などで危険ではない。しかしカラ元気もここまでで表情に暗い影がさす。すぐそこで魔獣と人間が戦っているのが現実だ。

(まずいな……)

「なあに。信頼できる仲間が戦っております。私を呼べば十分との判断なのでしょう。これでも強いのですよ。そう見えませんか?」

 軽い口調で言うシルヴェリオは自信があると装った。まだあどけさの残る娘たちはホッとした表情になる。

「貴族様とお見受けしましたが……」

「はい、騎士ではないですが、騎士修練は積んでおります。ご安心を」

 その騎士修練は十歳の頃の話で、シルヴェリオは一ヵ月で投げ出している。

「婚約者はいるのですか?」

 わっと場が盛り上がった。これだけ女子がいれば、一人ぐらいはこんな質問をする。

「残念ながらおりません」

 葬送のような場が少し明るさを取り戻す。


「何を騒いでいるのですか! ここは聖戦の場ですよ」

 開け放たれた扉の外に年配のマザーが立っていた。両脇にシスター修道婦が付き従っている。

マザーシスター修道婦長のルドヴィカです。この者たちの指示に従い配置に付きなさい」

 マザーが両脇に目配せし、娘たちはさっとおもてに出た。シルヴェリオも立ち上がる。

「あなたは?」

「仲間の救援要請で参りました。シルヴェリオと申します」

「仲間……」

 外から叫びが聞こえた。こちらに近づいてくる。

「シルヴェリオ様、シルヴェリオ様はどちらに――」

「ここだっ。デメトリア!」

「間に合われましたか……」

 現れたデメトリアの姿はボロボロだった。銀髪はホコリまみれで輝きを失い、白い顔肌は泥だらけで擦り傷もある。鎧も傷だらけで白装束は土と草色に染まる。

「少し休んだらどうだ」

「そうはいきません。ここが勝負所ですから」

「手続きをしましょうか。すぐ済みますから」

 マザーシスター修道婦長の言葉に三人は隣の小さな教会に移動する。聖堂には怪我人とそれを看病する女たちであふれていた。

「宣誓にサインを」

「はい」

 シルヴェリオは中身も読まずにサインする。教会側は一切の責任を負わないなど、通り一遍の文言が書いてあるだけだ。

「些少ですが協力させて頂きます。お収め下さい」

 懐から封筒を差出す。マザーシスター修道婦長ルドヴィカは中身を見て目を見張った。

「こんなに! それにこの小切手は。あなたはいったい?」

「フィオレンツァ・シルヴェリオと申します。父がいつもお世話になっております」

「おお…… 。あのような仕打ちにも、フィオレンツァ卿はまだご助力頂けるのですね。それも大切なご子息を送って頂けるとは――。ありがたい……」


 二人は村の道を歩く。畑は荒らされ家屋は一部半壊も見られた。

「一人の援軍でなんとかなるのか?」

「はい。強力な魔獣は一体。他の数名と追いますがスピードが合いません。一人では無駄だと控えています。挟撃ならば討伐も可能かと。とにかく逃げ足が速くて……」

「そのボスが小物を呼び寄せているのか」

 上位魔獣は下位の魔獣を統率できる、いわば群れのリーダーのような存在だ。この地でそれを作り出そうとしているのかもしれない。

「それにしても、話が見えんな」

「そうですねえ。当初は軍との共同作戦だったのですが、偵察の結果脅威はそれほどではないと判断されたのです。教会と救世界軍だけでやるとこちらが言い出してしまって――」

 ここは教会直轄領として開拓がはじまった地だ。軍に借りを作りたくない、さりとて。

「戦力は多い方が良いとの、フィオレンツァ卿の骨折りを無下にしてしまったのです。そして開始時期を前倒しして強行した」

「強力魔獣はイレギュラー。予備戦力もなしに始めてしまったか……」

「予定通りならカールラとチェレステも参加できたのですよ。家業もあって今回は来れませんでした」

「それで親父殿は私に行けと。これは政治の問題だな」

「申し訳ございません。私がご報告しました。」

「いや、教会についても知りたい。よく声をかけてくれたな」

「おそれいります」

「我が家が悪者でない話なら、大歓迎だよ。気にするな」

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