第7話 聖女?
「信じる、って……」
もちろん信じたい。
今すぐにでもうなずいてミハイルの手を取りたい気持ちでいっぱいだが、ヨークブランでの出来事が私に踏みとどまらせる。
確かに大司教は適当だった。頭から私を見下していたから、何か使えればいいくらいの気持ちだったんだろう。彼にとって“大切な聖女様”はもう、決まっていたから。
でも、それでも私が何の魔法も使えなかった事実は変わらない。
それに夢野は未来予知みたいなこともしていたし、王子たちの反応からして嘘だとも思えなかった。
「まあ、いきなりそう言っても驚くよね。よし、じゃあ今からぼくが言うことをやってみて」
「ミハイルさんはよく話に脈絡がないって言われませんか?」
「さあ。あいつらが何言おうと耳に入らないね」
「それ言われたことあるってことですよね」
「それじゃあまず、今痛いところに意識を集中させてみて」
あ、これは私の意見を聞く気がないやつだ。
そう理解した私は大人しく痛むところに意識を集中させた。脇腹が特に酷いが、全身すり傷だらけで身じろぎするだけでもピリッと痛む。よく見れば制服が綺麗になっているが、ミハイルが魔法で綺麗にしてくれたのだろうか。
「辛いだろうけど、そのまま治れー!って念じてみて」
正気か?
思わず見返すと、私の気持ちを察したミハイルは説明をつけ足してくれた。
「魔法を成功させるのに一番大事なことは"こういう現象を起こしたい"というイメージなんだ。勘違いしている人が多いけど、呪文はあくまで術者のイメージを固めさせるための補助品にすぎないよ」
ミハイルの言葉の端々に大司教たちへの棘を感じるが、要するに呪文を唱えるのは今から火を起こすよって宣言しているようなものらしい。
実際にこれからやることを声に出して言うことでイメージを固め、魔法を成功させやすくしているそうだ。
「いちいち詠唱なんてするのは初心者くらいだよ。……ぼく何回も説明したんだけど、まだ変わってなかったんだ。へえ」
ミハイルは呆れたようにそう吐き捨てた。
確かに、実戦で詠唱していたら自分の攻撃を先に言っているようなものだろう。相手が無詠唱タイプだったら、ただのサンドバッグだ。
「もしかして私がまったく魔法を使えなかったのは、何の呪文かを理解していなかったからですか?」
「そういうこと!だから全部あいつらのせい。コハクちゃんの魔力量はあの国の宮廷魔導士が束になっても敵わないくらいだよ。ははっ、そんな節穴だらけだから小国相手に苦戦してるんだよね」
そういって再び目をぎらつかせるミハイルからそっと目をそらして、私はもう一度痛むところに意識を集中させる。
お世辞も含まれているのかもしれないが、女子高校生がイケメンにあそこまでヨイショされてその気にならないわけがなかったのだ。
言われた通り、私は怪我が再生していく様子を想像しながら"治れ"と脳内で繰り返し唱えた。
(お父さんが外科医だったから、そういう動画や本はたくさん見たことがあるんだよね)
残念ながら私は血を見るのが得意じゃなかったから同じ道には進まなかったけど、まさかお父さんが布教用に見せてきたそれらが役に立つ日が来るとは。
もし日本に帰れたらお礼を言っておこうと思いつつ、私は回復に集中する。
一拍、無音の状態。
二拍、犬の呼吸音。
そして三拍、突然私の体がかすかに光った。優しい金色の光は私の体を包み込み、傷口に吸い込まれていく。それと同時に、体の中を巡る
「……うわ、本当に治ってる。しかも全然痛くない」
まるで早送りのように傷が塞がっていくのと同時に、じんじんとした痛みが徐々に引いていくのを感じた。
「まほうって、すごい……」
光が消えた頃には、怪我なんてなかったように綺麗に治っていた。なんなら前より肌艶が良くなった気がする。試しに立ちあがって動いてみても、痛みどころか違和感もすらない。
完全に傷が治った。数秒前まで、話すのも辛かったのに。
「すごい、すごいよコハクちゃん!たった一回で成功できるなんて!しかも、ぼくが文献で見たやつよりずっと早くて精度もいい!」
まだ呆然としている私の代わりに、ミハイルが声を上げて喜んでくれた。
洞窟の隅でお利口にしていた犬も私のそばに駆け寄ってきて、ぐりぐりと私に頭を押し付けてきた。その様子は、まるで回復を一緒に喜んでくれでいるようだ。
「どう?これでもまだ聖女様だって信じられない?」
「……それ、本気ですか?夢野……もう一人の方が聖女って、ヨークブランは盛り上がっていましたよ。それにあいつ、未来も見えてるみたいですし、聖女が二人ってことは考えられないんですか?」
「それはないよ。アレに、そういう能力はなかった」
「ずっと思っていたんですけど、ミハイルさんって、やけに断定しますよね。今の話もそうですけど、私は魔法を使えるんだって言い切ったし」
助けて貰ってばかりなので疑う気はないけど、純粋に疑問だった。
問われたミハイルはぱちりとマッチどころか鉛筆だって乗りそうなまつ毛を瞬かせると、はっとしたように手をたたいた。
「コハクちゃんが異世界の人だって忘れてたよ。ぼくはいろんな情報を視れる鑑定というスキルを持っていてね、これで他人のステータスを確認している仕事もやっていたんだ」
「スキル?」
「この世界の人がみんな持っている能力のことだよ。生まれつきのもので、後天的に手に入れることはできないんだ。誰でも必ず一つは持っているけど、多くても保持できるスキルの数は三つ」
うーん、いよいよゲームみたいになってきたなあ。
ということはあれか、ミハイルは私と夢野のステータスを鑑定スキルで見たってことだよね。
「ああ、だから私の名前も知っていたんですね」
「気を悪くした?」
「いえまったく。私は全然気にしてませんよ」
そう言うと、ミハイルは少しほっとしたように見えた。
もしかしたらこの世界では、勝手に人を鑑定するのは失礼に当たるのかもしれない。まあ、確かに知らない間に自分の情報を見られるのは気分が良くないのかも。
「夢野のステータスも視たんですよね」
「うん。それであんまりにも酷かったから、つい飛び出して来ちゃったんだよね」
「へえ……え??今なんて言いました?」
私は宇宙を背負った猫のような顔をした。
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