第8話 使い魔契約

  次から次へと飛躍していく話題に目を回している私に、ミハイルはマイペースに説明してくれた。


 私を召喚した国の正式名称はヨークブラン神聖王国で、今はグロスモント王国という国と戦争しているとのこと。当初は大国だと余裕をかましていたらしいが、普通に善戦されてこのままだと負けるところまで来てしまったのだ。


 そこでやつらは〈召喚の儀〉という魔法で、すごい力を持った聖女を召喚して何とかして貰う計画を立てたようだ。本当に自己中心で他力本願なふざけた話である。



「〈召喚の儀〉には膨大な魔力が必要でね。あの国は雑魚しかいないから、ぼくが一人で儀式をすることになったんだ」



 断れなかったミハイルは万全な準備で当日を迎えたが、予想外のトラブルが起きてしまった。


 私と夢野の二人が召喚されてしまったのだ。

 一人しか召喚されないと思っていたところに、対象がいきなり二倍になってしまった。余裕があったはずのミハイルは召喚が成功した瞬間に気絶してしまい、召喚後に行うはずだった鑑定といった予定がほとんど流れてしまったのだ。



「流れてしまったって、全部ミハイルさんの一人の仕事だったんですか?」

「馬車馬のように働かされたよ。目覚めるや否や鑑定させておいて、"聖女さまが我々を騙しているとでもいうのか!魔導士殿は〈召喚の儀〉で頭がおかしくなったようだな!"って幽閉されかけたし」

「うわぁ……」



(そういえばあの人たち、鑑定できる人が誰もいないって騒いでいたっけ)



 誰も見えないから、逆に夢野が聖女じゃないと気付いたミハイルは異質だった。それで吹っ切れたミハイルが夜逃げの算段を立てていると、私が帰らずの森に追放されたと知ったらしい。


「今頃はフェンリルから逃げた兵士たちも王城に着いた頃だろうから、もうコハクちゃんは死んだことにされていると思うよ」

「悲しめばいいのか喜べばいいのか……」

「死んだと思われた方が変に追われなくて済むし、喜んでいいと思うよ」

「そうですかね……」



 夢野はしつこいところがあるから、私が生きているって分かればまた殺そうとしてくるかもしれない。罪人として指名手配されても困るし、ここは縁が切れてよかったと思っておこう。



「あれ、結局どうしてミハイルさんはここに?」

「白いフェンリルは聖女様の使い魔だって聞いたことがあってね。コハクちゃんが生きてる可能性にかけて、ぼくも追放されてやったんだ」

「それは胸張って言う事じゃないんですよ」



 どこに出しても恥ずかしくない罪人二人組の出来上がりである。

 この森に入るイコール死亡になるからいいものの、下手したら冤罪で一生人前に出られなくなるんだぞ。



「で、ここに来たのはいいものの、ぼくは君がどこにいるのか全く分からないことに気が付いたんだ」

「すごい行き当たりばったり……よく私を見つけられましたね」



 私が気絶したころには日が落ちていたはずだ。ただでさえ足場の悪い森の中なのに、意識のない人間を探すのは相当苦労しただろう。



「うん、フェンリルが案内してくれたんだ」

「え、フェンリルって」

「グルルッ」



 足元から自慢げな鳴き声がした。そっと足元のもふもふの存在を思い出して、まさかそんなと祈りつつミハイルの視線をたどる。



「グルッ」

「…………………………ずいぶん、縮んだんだね」



たっぷりと熟慮した結果、私が言えたのはそれだけだった。



「その子、気絶したコハクちゃんをずっと守っていたんだ」



 ミハイルの説明によると、気絶した私が獣とかに襲われなかったのはフェンリルのおかげだそうな。聖女の魔力を辿ってみれば、私は殺される寸前。

兵士を肉体的にちぎっては投げていたあの巨大な狼が本来の姿で、怒りに我を忘れてつい暴れてしまったんじゃないのかって。


今こうして小さな犬の姿になっているのも、私を怖がらせたことを気にしているかららしい。



「ねえ、ミハイルさんが言ったことは本当?」

「くぅん」



 話を聞いた私はしゃがんで、白い犬と目を合わせた。そのルビーのような瞳は、確かにあの狼とまったく同じ色だ。



「そうだ。コハクちゃん、使い魔の契約をしてみない?意思疎通できないのは不便でしょ」

「使い魔の契約?」

「魔導士と魔獣の間に魔力のつながりを持つことだよ。そうすることで魔獣は魔力不足を恐れなくて済むし、契約者は魔獣を使役できるようになる」



 魔獣って確か、普通の動物と違って魔法とか使えるすごい生き物だったよね。他にも身体能力が高かったり、知能があったり。



「それに、使い魔の契約を結んだ魔獣とはどこにだって一緒に居られる。人間で性別も違うぼくじゃいつも一緒に居られないからね。フェンリルも望んでいるし、悪いことはないよ」

「ハフッ!」



 ミハイルの言葉を肯定するように、フェンリルが鳴き声を上げる。

 心なしかきらきらと輝いているその瞳を見つめ返しながら、私は心を決めた。



「分かりました、契約します!どうすればいいんですか?」

「使い魔の契約は簡単だよ。使い魔に名付けて魔力を込めて呼ぶ……"契約して欲しい"って念じながら名前を読んであげて。あとはフェンリルが了承すればそれで契約成立だ」

「私が名付けるんですか!?」



 てっきり魔法陣に血を垂らして名乗り合うのかと思ったが、もっと平和的だった。フェンリルの期待に満ちた目を除けば。

 というか私、普通に日本語で会話しているけど、この世界の共通語はたぶん日本語じゃないよね。やっぱり外国人も言いやすい名前の方がいいかな。



「えっと……フブキ、なんてどうでしょうか」



 さんざん悩んだ私は、大人しく和風な名前を付けることにした。結局一番呼ぶのは私だろうし、馴染みがある方が呼びやすいしね。



「フブキ?変わった響きだねえ」

「私の国の言葉で、強い風と一緒に降る雪のことです。あの大きな体と真っ白な毛並みが忘れられなくて」



 方法は過激だったけど、あれは私を守るためだった。あの時、フェンリルが居なかったら首と胴がさよならしていたのは私の方だ。

 そう思いながらミハイルに名前の由来を教えると、カチリと胸の奥で何かが引っかかる感じがした。それを疑問に思う前に、頭にミハイルよりずっと低い男性の声が響いた。

 


『____やっと名を与えてくれたか』

「え……?」

「今、コハクが聞こえたのはフェンリルの声だよ。契約が成立したから、念話できるようになったんだ」

「そういう大事なことは!先に言ってください!」



 この人は私を驚かせたいのだろうか。



『主よ、お前の名前も教えてくれ』

「私は聖川心白。契約成立、ってことでいいんだよね?これからよろしくね、フブキ」

『ああ。この命が尽きるまで、コハクに忠誠を誓おう』



 そういうと、フブキは遠吠えを一つ上げて頭を下げた。

 この時から、私の生活に伸縮自在な賢い魔獣が一匹参加することになったのだ。


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