第15話赤砦の攻防

「どうすればいい」




 ドンッと壁を叩き、エスタールは自分の非力さを呪った。


 岩の内部であっても角部屋は小さな窓が幾つかあって明るい。窓の一つを覗けば、向かいには岩肌に幾層にも連なる居住区の階段や窓がびっしりと付いていて、最初に見かけた池がかなり下にあり水面がきらきらと反射している。




 ローネンシアから聞いた話は、彼にまた違う焦燥をもたらした。どうしたらフィエルンは神の定めた道以外を歩めるのか。可能なら自由にしてやりたい。


 神の手から、そして魔王との因縁からも。




「……………フィエルン」




 額を押さえ、エスタールは歯噛みした。




 聖女の力を開花させた彼女は、一体どこまで思い出したのだろう。


 ローネンシアの話は、死んだと思われた一年後にテネシアが赤砦を訪ねて来て実際にその時の神官長に話したことだった。記録として残されたそれに疑う余地はないだろう。




 当時のテネシアは、最後に「魔王と共に生きる」と言って去っていった。どんな思いで言ったかなんて、話を聞いてしまった今では容易に想像できた。




 どうしてだ?戦って殺し合ってきた憎むべき相手じゃないか?


 それなのに!




 フィエルンもテネシアのようになるのだろうか?今世、ずっと一緒にいた私のことなど忘れてしまうのか。




「ん?」




 見るとは無しに目に映る池に、影がよぎったような気がした。




 ざわりと神経が波立つような感じには覚えがあった。エスタールがそちらへと意識を集中させて目をこらしていると、立て掛けていた聖剣がカタカタと震えた。




 池の真上、岩の吹き抜けになっている上空から、ふわりと人が降りてきた。長い黒赤色の髪が生き物のように広がりうねっている女だった。舞い降りた風により池は波紋を生んだが、彼女を濡らすことは無い。宙に浮いたままで、女は小首を傾げた。




 その時にはエスタールは聖剣を鷲掴みにすると、部屋を飛び出していた。


 かつてテネシアが使用していた聖剣は、魔物に反応して震える。幾多の魔物を討伐してきたエスタールには、あの女が上位の魔物であることが直ぐに分かった。




 どこかから子供の悲鳴が聴こえ、ただならぬ様子に人々が怪訝そうに表に出てきた。




「逃げろ、早く」




 すれ違う人々に片っ端から声を掛け、二階から飛び下りた。




 細面で妖艶な雰囲気の女の姿の魔物。赤い唇を吊り上げると、どこか蛇を思わせた。聖剣を見てから、それを構えるエスタールへと視線を移した。




「そなた、エスタールか?」


「そうだ」




 つっ、と爪の長い人差し指が彼へと向けられる。




「我が主の命により、そなたを殺す」






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