第16話赤砦の攻防2

ザアッと池の水が吹き上がり、女の四方に渦巻いて立ち上る。ルビー色の目を細めた先には一人対峙するエスタールがいた。




「私を殺すだって?」




 魔物が主と呼ぶべき者が誰かは分かりきっているが、わざわざ名指しされたことに驚いた。




 渦巻いた水が鎌首をもたげ、いきなり彼へと飛び掛かってきた。




「くっ」




 右に避けると、さっきいた場所の床に長く亀裂が走る。




「エスタール様!」




 逃げ惑う人々を掻き分け、ホールの端の居住区の入り口までやって来たジェスが叫んだ。




「神官長を連れて逃げてください!この者は私を狙っている」




 女から目を離さずにしながら、自分が引き付けるからと暗に含めた言い方をすると、ジェスは困惑したように立ち止まっていた。しかし泣いている子供を見つけると急いで抱き上げ走り出した。




「神官長様は最上階にいらっしゃいます。エスタール様もお早く!」




 最初に見た物を思い出したエスタールが頷いた時に、渦巻いていた水流が居住区の壁に穴を開けた。ドオンという破壊音と共に砕けた岩が落下して出入り口を塞いだ。




「何を!?」


「逃がしはしない」




 続いて向かい側の出入り口も塞がれ、ホールに取り残された人々の悲鳴と怪我を負った者達の呻き声がした。




「私を殺すのだろう、他を巻き込むな!」


「知ったことか」




 女の攻撃が右脇に来るのを見て左に跳んだら、同時に3つの水の塊が繰り出された。


 咄嗟にエスタールは胸を狙った水を剣で防いだ。膝の攻撃はかわせたが、脇腹を水が掠めた。




「うっ」




 ほんの少し滴が当たったかと思ったのに鋭い痛みが走り、血が迸った。よろけた視界の隅に、ジェスと複数の神官が騒ぎの中で皆を大柱の陰へ誘導し怪我人の救助に当たるのが見えた。


 自分が死んだからといって、あの魔物が彼らを見過ごすはずがない。ここは光の神を祀っているのだから皆殺しにされる恐れがあった。




 池を滑るようにして女は岸に着地した。その右手に水が集まり巨大な鎌のような形状をとる。高く掲げたそれは硬質化し鋭い刃を伴っていた。




 首を取る気か!




 ギインと刃がぶつかる音が響く。痛みを堪えてエスタールは聖剣で鎌を受け流し、脇を抜け様に薙いだ。




 女の腹がざっくりと斬れる。聖剣で負った斬り口は並の魔物なら再生することができずに倒せる。例え上位の魔物でも回復に時間がかかるはずだ。




「人間にしては強いようだね。さすがは聖女の婚約者」




 傷口に触れた女が、指についた自らの血を舐めた。




「フィエルンは、どこにいる?なぜ魔王はわざわざ私を殺そうとするのだ?」


「……………うるさい」




 女から余裕めいた笑みが薄らぐ。




「彼女を返せ。彼女はフィエルンだ。魔王の知るテネシアなんかじゃない」


「私には関係ない」




 女が苛立っているのを感じたが、エスタールは怒りでそれを無視した。襲いかかる鎌を受け止めて叫んだ。




「フィエルンは私の婚約者だ。魔王のものではない!彼女は私の」


「うるさいうるさい!」




 隙を見せた女の腹に聖剣が突き刺さる。


 エスタールがそれを引き抜くと床に花弁を散らすように血が垂れ、女はふらふらと後ろへ下がった。




「……………そうだわ、そう。そなたの言うとおり」




 くつくつと女が肩を揺らし、血まみれの手で自分の顔を引っ掻いた。


「あの女が何度死んでも、あの方はいつもいつも探して見つけてしまう」


「え?」


「なぜあの女ばかりを死んでも諦めないのか」




 顔に血の線を描き呟く女の異様さに、エスタールは言葉を失った。




「私が、私がどんなに」




 突如雷鳴のような音が、女の声と身体を消し去った。複数の音が立て続けに起こり煙幕で視界が遮られる。




「な、に?!」




 水飛沫でシャワーのようにエスタールは濡れながら、水滴を拭った目を上に向けると、上空に飛空挺を捉えた。船体の横腹に取り付けられた砲身が一斉にこちらへ向けられていた。




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