第14話囲われる

人は眠りの中で、日々の出来事を記憶に残すものと忘れていいものにふるいに掛けるという。




 フィエルンが鮮明に思い出したのは、テネシアの記憶の一部だ。その前にも何人も聖女として自分がいたのは確かだが、テネシアより前の古い記憶はおぼろげなままだった。


 おそらく人間の身体が記憶できる許容を越えた為だろうと彼女は結論づけた。当初テネシアの記憶さえ全く思い出せなかったのは同じ理由だろう。




 巨大な鳥籠の中に閉じ込められたフィエルンだったが、自由に外に出られない以外は比較的快適に過ごしていた。


 脱出を試みて失敗し、疲れてうたた寝した彼女が目を覚ますとなぜか寝台の上に寝かせられていた。何もなかった鳥籠は、 形状はそのままに『部屋』になっていて、家具が配置されて風呂や小さな台所まで付いて食材が無造作に置かれていた。


 ボロボロだった寝間着はチェストにあった服に着替えた。ドレスなどではなく動きやすい下衣に膝上までの青い上衣。腰には細い銀帯を巻き付けていた。




 どれも馴染みがあった。全てテネシアのものだと分かっていた。


 彼女は数年間ここで暮らしていた。その気になれば出ていけたのに、甘んじて魔王の造った領域の中にいた。


 そしてずっと探していた。


 神々から自分もシュヴァイツも自由になれる手立てを。


 その間ずっと彼は傍にいて、テネシアの影響を受けて少しずつ変わっていった。だが彼女が望んだ友人にはなれなかった。


 シュヴァイツがそれ以上の関係を望んだからだ。




 もがいた全ては無謀だったのかもしれない。テネシアは若くして突然死んだ。


 自ら提案したことに答えは出ず、ただ共犯者を一人残した。




 髪を持ち上げられる感触に、フィエルンはそっと目を開けた。


 鳥籠の外にはぐるりと満天の星空が広がっている。「真っ暗だと息が詰まる」とテネシアが不満を漏らしたから、空に似せた空間が作られ、時間に合わせて朝陽が昇り、夕焼けに染まり、月が輝く。




 広げた指から銀髪がさらさらと流れて落ちた。


 横になって眠るフィエルンの背中側に誰かが腰かける気配がした。




「……………シュヴァイツ」




 こめかみの辺りを指がなぞる。まるで存在を確かめようとしているようだ。




「ねえ、私はどうして死んだの?」




 頬を辿る指がピクリと強張り離れた。




「分からないの。まだ思い出せなくて…………」




 彼をあの状況で残した罪悪感。未練。




 寝返りを打ってそちらを向くと、暗く沈む瞳があった。無理に聞く気は無かった。その時の悲痛な感情は耐え難く思い出すのが怖かった。




「ごめんなさい。あの時言えなくて…………許せなくて当然よね」




『魔王』は『シュヴァイツ』のままだと気付いていた。




 聖女に倒される度に肉体は滅び、再び受肉を繰り返し現れた魔王。記憶はそのままに、だがその度に容姿と僅かに見せる性格は変わってしまう。つまり他の者になる。




 でもシュヴァイツは変わっていない。銀の瞳に陰りを帯び、時折狂気の衝動に染まりながらも彼だった。




「ずっと待っていてくれたの?」




 自らの両手を持ち上げたシュヴァイツは、そこにある何かを見るような素振りをする。


 そうやって事切れた自分をいつまで抱えていたのか。




 打ち消したくて彼の手を掴んだ。


 思い出した今、怖くも何とも無かった。そうでなくても幾度も殺し合ったのだ、今更だろう。




「シュヴァイツ」




 こちらを見た彼の瞳から狂気が薄くなる。こんなになってまで100年近く待っていたのだろう。前の魔王の肉体が滅びない限り、次の魔王は現れない。でも次の魔王は『彼』そのものではないから。


 忘れないように守っていたのか?テネシアのこと。いや、自らの想いを。




「ごめんなさい」




 見下ろす顔に手を伸ばすと、堪えがたいようにシュヴァイツは目蓋を下ろした。。

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