第13話同盟を結ぶ

空中に闇と光が交差する。


 黄金に輝く瞳が、距離を取ろうとする魔王を捉えた。


 両手に構えた聖剣を煌めかせ、次々に降りかかる黒い霧のような攻撃を薙ぎ払うと間合いを詰めた。




「終わりにしましょう」




 良く響く美しい声とは裏腹に、テネシアが振った聖剣は魔王の胸を容赦なくザックリと貫いた。お返しとばかりに彼女の顔へと彼の手のひらが向けられる。この距離では避けきれない。


 突き刺した剣を握ったまま、顔を背けるでもなくテネシアは魔王を見つめていた。




 空中から浮力を失い二人共に落ちていく。


 僅かに眉をひそめた魔王は彼女に向けた腕から力を抜いた。




 ドンッと鈍い音と砂埃が舞った。




「なぜ躊躇ったの?」


「…………さあな」




 背中を地面にめり込ませ、面倒そうに魔王が返事をした時には、落下の衝撃で潰れた跳んだ手足は再生を始め、出血は止まりつつあった。


 テネシアは細かい傷はあるぐらいで、片足で魔王の腹を踏んで見下ろしていた。魔王の首元に聖剣の切っ先が突き付けられていた。




「今回はそなたの勝ちのようだ。なかなか楽しかった。またそなたが生まれ変わった時にでも会おうぞ」




 小さく笑い、魔王は目を閉じた。




「随分と人間らしくなったものね」


「フン…………どうした?早く殺れ」




 首に当てていた聖剣が離れ、同時に身体を押さえていた力も軽くなった。




「戦うことに疲れたわ。もう止めにしない魔王?」


「だから早く殺れ」


「違う。私はもう生まれ変わっても、あなたと戦わない」


「何?」




 目を開けた彼の前に、解けた金髪を乱したままテネシアが立っている。聖剣は彼女の横の地面に刺さっていた。




「ねえ魔王。私達が戦わなくても世界が回るような方法は無いかしら?」




 再生した身体を起こし、魔王は彼女を見上げた。




「違う方法を取ると?」


「そう、試してみない?」




 戦わないことは、神の意志に背くこと。世界の秩序の為だけに存在する自分にテネシアの提案は驚きだった。




「しかし違う方法などありえない」


「どうして?試してみないと分からないかもよ」




 この世界は神々そのものであり、彼らが創り計算された秩序と均衡で維持されている。テネシアはそれを乱すと言っているのだ。




「………………聞こう」


「同盟を結びましょう。私達はもう戦わない。私達は自らの意志を持って神々の操り糸を切ってしまうの」




 これは魔王も長い年月の果てにぼんやりと芽生えていた気持ちだった。だから揺さぶられた。




「いいだろう。少しの間付き合ってやろう」




 パアッとテネシアが顔を輝かせた。




「そこでなのだけれど、戦うのではなく反対の行動を取ってみようと思うの。私達友達になりましょう」


「…………………」




 スッと差し出された無防備な腕を、魔王はじいっと見ていた。




「まずは握手でしょう……………魔王?」


「なぜいつもそなたが女で、余が男の姿なのか不可解だったが」




 いきなり手首を掴んだ魔王がテネシアを自分の方へと引き寄せた。




「んっ?!」




 殺気や闘気ならいち早く察するテネシアだったが、『赤砦の光』で大切に育てられた箱入り娘であることは否めない。


 だから魔王に唇を奪われるなんて全く予想だにしなかったのだ。


「こういうこともできるという、ぐ」


「何するの!!」




 顔の横で彼女の足をもう片方の手で受け止めた魔王は、今まで見ないぐらい動揺して頬を赤くしたテネシアに愉快さを感じた。




「と、友達からよ。いえ、こういうのは違うの、おかしいわ。つまり私達はずっと戦ってきた相手で」


「何が違うのだ?試すとはそういうことだろう」




「気持ちが伴っていないのにそんなこと!」




 目を泳がせている彼女の腕を掴まえたまま眺めていたら、しばらくして少し落ち着いたらしい。




「魔王、名はあるの?」


「……………シュヴァイツ」


「シュヴァイツ、初めて知ったわ」




 神以外に名を呼ぶ者も、それを許された者もいない無意味な名。


 ずっと知らずにいたことにテネシアはようやく気付いた。




「私、長い髪の男の人は嫌い。あなたはそうでなくても線が細くて女の人に見えるのだから、髪は短くしてみたら?」




 思いがけないことを言われてテネシアの手を放したシュヴァイツは、ちらりと地面にまで流れる自らの黒蒼の髪を見た。




「それから呼び方。余なんて古めかしい。俺とかどう?私のことはお前でもいいわ」




 テネシアの好みを初めて知ったシュヴァイツは複雑な気持ちを抱いた。だが歯向かう気も無かった。




 彼のスルスルと髪が短くなるのを見たテネシアが、また手を差し出してきた。警戒は怠ってはいない。




「さっきのは無しよ。まずは握手」




 お遊びに付き合うつもりで手を握り返すと、安心したテネシアが笑った。






 目を覚ましたフィエルンは、両手で顔を覆った。




「ごめんなさい……………ごめんなさいっ」

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