第12話反逆者達
「どういうことです?」
膝に置いた手をグッと握り、エスタールは声を押し殺した。
「我々は関われないと言った方がいいわね。聖女と魔王が今世で出会った時点で人間ができることは何もない、不可能なのです」
「彼女を見殺しにすると?そうすれば魔王を止められない、世界がどうなってもいいのですか?!」
ローネンシアは彼を静かに見つめていた。
「仕方ありません」
「………………よくそんなことが言えますね。ここなら助けてくれると思ったのに失望しました。無駄な時間を使ってしまったようなので戻ります」
喚きたいのを堪えて立ち上がろうとした彼の前を、控えていた神官ジェスが阻んだ。
「お待ちを」
「どいて下さい」
「聖女様は無事でしょう」
そう言って茶を啜るローネンシアに、エスタールは声を荒げた。
「何もできないくせに、根拠もないことを!」
「あら、これでも私は少しばかり神の声を聴けるのですよ」
「それは知っていますが………」
ローネンシアが神官長の地位にいるのは、神学を究めただけではなく『聴ける』からなのだと、エスタールも知っている。彼が聖剣を授かったのも『神の声』によるものなのだから。
「お座りになって。今は急ぐことはありません」
フィエルンが無事だと聞いただけなのに、張り詰めていたものが切れたエスタールは、ソファーに崩れるように座った。
「…………取り乱したことお詫びします。ですが本当に無事ですか?神がそう仰られたと?」
「ええ、それに魔王は彼女を殺せないでしょうから」
「殺せない?」
何か引っ掛かりを覚え、エスタールは言葉を繰り返した。
「エスタール様、あなたが聖女様を大切に思ってらっしゃるのは良く分かりました。ですからあなたには知ってもらいたいことがあります。ただ、これから私が話すことは混乱を招く恐れがあるので内密に願います」
「……………わかりました」
手掛かりになることがあるかもしれないと考えた彼は素直に頷いた。ジェスは心配そうにローネンシアを見たが、彼女に目で合図をされるとカーテンで窓を隠し部屋を出ていった。
「さて何から話しましょうか」
思案げに拳を口元に寄せるローネンシアを、エスタールは黙って待った。
壁や床は赤い岩肌が露出したままで、カーテンを閉めると部屋は暗く薄ら寒い。
「闇の神と光の神。魔王と聖女。なぜ二つは反目し合うのか考えたことはありますか?」
「それは、性質が相反するものだからです」
教本通りの答えを示せば、ローネンシアはテーブルのランプに明かりを灯しながら「確かにそうだが、それだけではありません」と返した。
「闇は光から生まれ、光もまた闇から生まれた。二神は人で言えば、親子であり兄妹であり夫婦でもあるのです。この世界は両方が必要不可欠な要素であり、どちらかが欠けても均衡が崩れるのです」
「仰る意味が分かりません。闇の神は魔王を遣わし、この世界を滅ぼそうとしているのですよ」
「いいえ、魔王が滅ぼすものは人間の文明です。この世界自体を破壊するものではありません」
古代において、想像もできない程の高度な文明が発達して栄えたという。それを滅ぼしたのは魔王。人間が叡知を結集させて文明を発展させる度に闇の神の分身は現れた。
それはなぜか?
「行き過ぎた文明は、この世界の資源を枯渇させます。それはいずれ人間達により世界を真実滅ぼすことに繋がる。その時神々も終焉を迎えるのです」
「まさか……………神々は人間から世界を守っているとでも?」
「そうです」
闇は悪だと、大半の人間と同様にエスタールも思っていた。それが違うとすれば一体何が正しいのか分からなくなりそうだった。
「ただ、人間は適度に存在するなら世界の秩序を保つことができると判断したからこそ、光の神は聖女を遣わした。魔王と聖女の戦いは、いわば世界の秩序と均衡を保つ為に必要なこと。周期的に永遠に繰り返される世界の呼吸のようなもの」
「……………フィエルン」
何という地獄だろう。
聖女は強大な力を持ちながらも人間なのだ。どんなに傷ついて戦って命を落としたとしても、生まれ変わってまた戦って、勝敗の決まらない終わりのない地獄。
「酷過ぎる…………フィエルンは神々の玩具じゃない」
エスタールが傍で見ていた彼女は、優しくて物静かな普通の少女だったというのに。
「フィエルン様の転生前の聖女であるテネシア様は、そんな状況から逃れようとしました」
片手で目を隠すエスタールに、ローネンシアは殊更淡々と話した。
「テネシア様は戦うことに飽きていました。人間なのだから当然といえば当然ですね。一方で魔王も受肉して長い時と記憶を重ねて人間のように自我に目覚めて思考するようになったようです」
「相討ちだったというのは、本当は違うのですか?」
ゆっくり頷いたローネンシアは、揺らめくランプの灯りを見つめた。
「二人は戦わない道を選びました。神々へ初めて反逆したのです」
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