第12話

 小さななにかが爆ぜパチパチと音がなる。追加の薪を焚べて火を強くする。

 外での寝泊まりは何度目だろう。風が心地よい今の季節なら悪くないものだと思った。


「寝たか?」

「あぁ、がっちり捕まってて動けなかったが寝たらすぐ離れたよ」

「ふふ、心配なんだろう。勢いで出会ったばかりの私達についてきたのだから」

「リアも心配だったのか?」


 フィルに聞かれ、私は苦笑いをした。


「それはそうだろう。見ず知らずの男がオレがお前を買ったんだと言って引っ張って行こうとするんだ。普通だったら手足が自由なら逃げるだろう?」

「まぁなぁ」

「私はもう死んでいたんだ。フィーリアに処刑されるつもりだったんだから。そのフィーリアが私に寄越したフィル、お前だったからついてきたのだろうな。フィーリアの生まれ変わり。見知らぬ他人であれば私は逃げ一人どこかに行き自死していただろう。フィーリアめ、いったいどこまで先を見ていたのか」

「かなり遠くまで見ていたんだろうな」

「そうだな。ミィの分までお金を用意してるくらいだ」

「あぁ、バレてたか」

「わからないと思ったか?」

「いや、その通りフィーリアだよ。リアの事もミィの事もオレは彼に依頼されている」

「すごいな。こんな未来の先まで見えているのか」


 フィーリアは未来読みの力で金を作りこの事態へ備えていたのだろう。ただ、結末まで見えていたのだろうか。

 その答えを知るのはフィーリアだけ。私にはわからない。

 フィルがコップに何か注いでいた。濃い赤紫色の液体。酒だろうか、ここまで甘い匂いがくる。


「酒か?」

「あぁ」

「あまり飲みすぎるなよ」

「わかってるさ」


 フィーリアはフィルにはもっと色々伝えているのだろうか。私のもらった手紙よりももっとたくさん。

 それなら教えられていないだろうか。フィーリアの気持ちを――。


「なあ、教えてくれないか」

「ん、なんだ?」

「フィーリアからどれくらいの事を知らされているんだ?」

「ん、最初に話したと思うが――」


 私は首を振り、フィルを睨みつける。


「知らないことがあったじゃないか……」

「あー、ごめんな。未来は確定していることばかりじゃないんだ。知りすぎて、手を出しすぎるとまったく違う未来になってしまうかもしれない。だから、オレから言えることは少ないんだ」

「そういうことか。じゃあ、この未来のために黙ってたんだよな? フィーリア……」


 私はフィルの隣に行き彼の顔をのぞき込む。やはり全然似ていない。なのに、フィーリアがそこにいる気がする。


「どうした? リア」


 フィルの太ももに左手をのせ体重をかけた。グッと顔を近付ける。傍から見れば私は獲物を狙う肉食獣だろう。


「未来が見えていたなら私がフィーリアを好きになるという事がわかっていたんだろう。なのに、お前は――。どうして貴方は――」


 思い出したくなかった。そうすれば、こんなにも悲しい気持ちになることはなかったのに。


「キリアを婚約者にと望んだんだ? 教えてくれ、フィーリア!!」


 ◇


 あの日、静まり返る座席の中で、ただ一人手を挙げている銀色の髪の男を見た。

 あなたが私の処刑人……。


 強い光を宿す赤い瞳。我が家に何度も足を運んだとても美しい男の人。

 最初、あまりの美しさに神様かと見間違えた。もしかして、私をここから連れていってくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いていた。

 彼が望んだのは妹だった。たくさんの結納金。両親はとても喜んでいた。同時にどうすればもっと引き出せるかなんて恐ろしい事も裏で言っていた。

 妹を妬ましく思った。どうして、私ではなかったのか。どうして……。


 なんという皮肉だろう。一目惚れしてしまった妹の婚約者が私の処刑人。

 ただ、歪な優越感もあった。

 彼が提示した金額は妹の結納金が霞むほどだった。


 ◇


 どうして思い出してしまったんだろう。歪んだ優越感と惨めな気持ちのまま、好きになった妹の婚約者に処刑されるのを待つ記憶――。


「なぁ、フィーリア教えてくれ。私の事をどう思っていたんだ? あの日、私を買ったのは同情したキリアに頼まれたからか!? ……かけらになったのに、それでもキリアを愛していて助けたいから消す旅に出ろというのか? 私は……私は……、貴方が――ッ!?」


 フィルの唇に口を塞がれる。違うんだ、フィルじゃない。フィーリアの気持ちが知りたいんだ。もう聞けない、聞くことができない貴方の気持ち。

 口の中に甘くて苦い味が広がる。これは、さっきフィルが飲んでいた酒の味だろうか。舌でそれを押し込まれ嚥下を促される。私はされるがまま、それを飲み込んだ。


「――ぷはッ。突然何をする!? フィ……ル」


 そんなに強い酒だったのか? 視界がぐらぐらと揺れてきた。


「リア、オレはリアに一目惚れした。それじゃあダメなのか?」


 ぐらぐらする視界に酔ってしまい、フィルの肩に頭を乗せる。このまま、眠ってしまいたい。

 思考を放棄して、フィルに体を任せる。


「すまない。フィル、……眠くて仕方がないんだ。今日言ったことはわ――」

「あぁ、忘れるよ……。だから、ゆっくりお休み。ごめん、レマリア・・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る