第11話

 私は居住まいを正し、ミィに答える。


「結婚はしていない」

「え、でも一緒の部屋に泊まってましたよね? なら婚約者ですか?」


 婚約者という言葉に心臓がちくりとした。


「いや、婚約者でもない。というか恋人でもないぞ」


 私が言うとフィルは思いのほか驚いた顔をしていた。


「そうですか。なら、ミィをフィルのお嫁さんにしてください」

「は、へ?」


 驚いていたフィルの顔がもっと驚く。二段階目があるならもう一段階くらい別の驚いた顔があるんだろうか。


「いいですか? リア」

「え? あー」


 私にまで聞かれフィルを見た。私が欲しかったのはフィーリアであって、フィルではない。だから、フィルがミィがいいというなら……。

 だけど、彼の中にはフィーリアがいる。

 だが子ども相手に本気になるのもなぁ。ここはフィルに任せるか。そう結論付けて「任せた」と口だけ動かしフィルに伝える。


「私はフィルとは婚約者でも恋人でもないからな。聞く必要はない」

「なっ、あー。えっとな、オレは……じゃないな。ミィはどうしてオレの嫁になりたいんだ?」

「え、どうしてって、お嫁さんは家族ですよね? 家族になれば一緒にいられるから。捨てられたりしませんよね?」

「――いやいや。別にお嫁さんにならなくてもミィの事を捨てるなんてしないぞ? オレは」

「でも、結婚してなかったあの人は捨てられてしまいましたよ?」


 あぁ、宿の女主人の事かとすぐに思い当たる。


「なのでお嫁さんにしてもらった方がミィは安心できます」

「なるほど」

「いや、リア。なるほどじゃねーし――」


 はぁーとため息をついたあと、フィルがミィの前に行き目線を合わせた。


「オレはそんな薄情な人間にみえるか? ミィ」


 ミィは首をふる。ぬいぐるみを手に持ち、ぎゅっと抱きしめる。


「ぬいぐるみ治してくれた。ミィはただの宿の客引きだったのに」

「でも、それを買ったのは?」

「リア」

「だよな。オレはそんな優しさを持つリアに惚れてるんだ。だから、ミィをお嫁さんには出来ない。オレがリアの婚約者になりたいんだ。だから、いまはオレがリアにお願いしてるところなんだ。ミィのお願いは聞けない。ゴメンな」

「そうですか。……わかりました。出来るだけはやめにお嫁さんにしてくれそうな人を探します。それまでどうかミィを捨てないで下さい。出来る事は何でもします」

「大丈夫だって、オレある人の依頼を受けた時の金が多めにある。その金の中に、――っとまあ大丈夫だから心配するなよ」


 フィルはそう言ってミィの頭を撫でた。優しく、微笑みながらする仕草にフィーリアを重ね見惚れてしまう。

 どうしてこんな見たこともないフィーリアの姿を重ねるのだろう。初めてフィーリアに出会ったのはあの日ではなかった――? それとも……。

 頭の中にあるパズルピースを拾い集める。一つ、一つ、外れてしまっているモノを拾い上げはめていく。すると、私の知らない記憶が少しずつ姿を見せてきた。


「わ、わわ!? フィル、ミィはいいからリアを撫でてあげてください」

「え、――ッ!? どうした、リア!? 何があった?」

「え? 何のことだ」

「いや、何のことだじゃないだろ」


 ズンズンとフィルがこちらへと歩いてきて、両手を頬に添えられる。何が始まるんだ? 青色の瞳の向こうに私が映る。その顔は次々と涙を溢していた。

 それをフィルが親指で撫で拭き取っていく。何度も何度も繰り返し、涙が止まったのはだいぶたってからだった。

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