第10話

「戻った……」


 ミィは驚いて目を見開いていた。宝石化から戻るところを目撃されてしまった。けれど、彼女を救うためには仕方がなかった。

 宝石化していたのは宿の女主人だった。ミィに渡したぬいぐるみを介してある程度の事情はわかっているけれど、酷いものだった。この場所にミィを置いて行ってもいいものなのだろうか。

 どうしても自分の過去と照らし合わせてしまう。


「魔女殺しがくる! リア最後の場所に行くぞ!」

「あ、あぁ」


 フィルが二人を女主人のもとにおろし、もどってこようとする。が、


「お、うわっ」


 子どもの片方、ミィがフィルの体に抱きついた。


「ミィ、ごめんな。急いでるから……」


 フィルはなんとかミィを離そうとするが離れない。さながらスッポンのようだ。


「リア、とりあえず一緒にいいか?」


 私はクスリと笑って頷いた。最後の一箇所はここからならもうすぐそこだ。子どもの足でも帰れるだろう。

 女主人と受付の娘を置き私達はそこを後にした。

 子どもの怪我が魔法によるものなら、この後の歌でおそらく治るだろう。

 一つ問題は、ミィの前でキスをしなくちゃいけなくなるということか。


 最後の場所についた。

 ミィはフィルにくっついたままだ。離れてはくれないだろうか。


「なぁ、ミィ。少しだけフィルから離れてはくれないか?」


 そう聞いたけれど、彼女は離れてはくれそうにない。ぶんぶんと顔を横に振りまたフィルにしがみつく。

 私だってそんなに密着した事はないのに……。

 ハッとなった。違う違う、フィルじゃなくて、フィーリアの魂がフィルの中にいるからであって、あれ――、あれ?


「わかった。なら、そのままでいい。顔をしっかりとフィルに埋めておいてくれ」


 ミィはフィルの服に顔を埋め、コクリと頷いた。

 フィルはかなり困った顔をしていたが、これで始めるしかないだろう。

 二箇所目に走った時、魔女殺し達と目があい引き止められた。

 魔女が女に戻ったという情報の確認と治安維持のために駆り出されたのだそうだ。

 突然魔女が消えたという場所でまだ魔女の印がある私に話が聞きたかったようだが……。旅人だということを伝えたところ、この街の住人に起こっている事だと認識していたその人はいったん離してもらえた。その人物がまた次の場所でもいたら、変に思われるだろう。

 これが終われば、すぐにこの街を出なくては――。

 ミィをこのまま置いていくのは忍びないが、仕方がない。ただの女の子になって、出来れば幸せになって欲しいな。


「フィル、いくぞ」

「お、おぅ」


 なんだか、小さな視線を感じる。気がするが、私達は口付けを交わした。

 すぐに離れ、歌を歌う。フィルとミィを前にして――。


「もう顔を上げていいぞ。ミィ。これで、キミはもう魔女じゃなくなったはずだ。この街でこれからは普通の――」


 歌い終わりミィに声をかけた。彼女はフィルの服から顔を離す。


「どういうこと?」


 ミィの顔を見て、フィルと私は息を呑む。彼女の額には魔女の印の宝石が輝いたままだった……。


「何で? フィル、失敗したのか?」

「いや、オレはちゃんとしたぞ。……まさか」

「まさか? まさかなんだ?」

「ミィはキリアの伝染による魔女ではないかもしれない――」

「それは……」

「そう、リア。お前と同じだ」


 ミィは魔女である。キリアの伝染による魔女ではない、もとからの魔女。

 キリアの伝染魔法によって魔女になった者達はフィルの治癒で治すことができる。だが、私が魔女のままであるように、彼の治癒の魔法はキリアの伝染魔法による魔女は治せるがもとから魔女であった者は治す事が出来ないのだ。フィルの魔法は魔法による傷や病しか治せない。


「お兄さん? 何のお話ですか?」

「ミィもすごい魔女なのかもなぁって話だよ」


 褒められたのが嬉しかったようでミィはにこにこと顔をほころばせる。


「この場所だけ見ていこう」

「そうだな」


 フィルと小さな声で確かめ合い、街へと戻った。


「治すのにも順番があるみたいだな」


 魔法で壊されている物を治す場合はフィルが直接しないと治らないようだ。壊れたままの宿の状態から私の伝播の魔法では効果がなさそうだった。だが魔女は皆、ただの女になっている。

 ミィだけがそのままだ。

 宿に近づく。ミィがフィルを引っ張りいやいやと首をふった。

 宿の主人と娘は街の人によって介抱されているところだった。二人が寄り添う姿を目にし私の心がきゅっと締め付けられる。


「ミィ? どうしたい?」

「どう?」

「あそこに戻るか、オレ達とくるか?」


 私より先にフィルが聞いた。同じように聞こうとしていたところだった。

 ミィはフィルの顔を見てパッと笑顔になる。


「ミィは、もうあそこに大事な物はない。モモはモモのお母さんがいる。ミィはもうお父さんもお母さんもいない。だから、一緒に行きたい。お兄さん、連れていって。ミィお手伝い何でもするから」

「リア、いいか?」


 私とともにミィの家での扱いを見ていたフィル。


「フィルがいいなら私は構わないよ。少し急ごうか……。魔女殺しの連中がきそうだ」

「そうか。ミィ、本当にいいな?」


 もう一度、ミィは二人に目をやったあとこちらに向き直り頷いた。


「さようなら」


 たった二回のやり取りだけで、判断するのもなぁとフィルと話していたがミィはずっとあんな感じで過ごしていて、もう戻りたくないと思っていたんだろう。判断に迷いは無さそうだった。


 ◇


 街から離れた木陰。歩き疲れ、休憩に入る。

 フィルは街で買っておいた小さなお菓子をミィと私に渡してからドカリと地面に座る。

 私とミィは座る前にフィルが引いてくれていた布の上に腰を下ろした。


「ありがとうフィル」

「ありがとうございます。あのお兄さんとお姉さんは――」

「オレのことはフィルでいいぞ。ミィはちゃん付けがいいか?」

「リアでいいよ。私もミィと呼ぶから」


 私とフィルが同時にミィに言う。


「えっとフィル、リアですか?」

「あぁ」

「あの、フィルとリアは結婚してるんですか?」


 突然の質問に危なくお菓子が手から旅立つところだった。

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