第9話 (ミィ視点)
街がいつもよりざわざわしていた。もしかしたら今日は泊まる人が捕まらないかもしれない。
「お願いします。お願いします」
全然駄目だ。通りには旅人達の姿が見えなくなった。
やっと見つけても、
「こんなところはやく出て違う街に行きましょう」
「ゆっくりなんてしてられねぇ」
「うちが心配だ……」
いったい街に何が起こっているんだろう。
今日は帰れないかな。でも、料理の準備もしないと……。
野菜の皮むきや水洗いはミィの仕事。
重い足を宿に向ける。
もうすぐ無くなってしまう。ミィの大切な場所。
「どういうことだい!?」
始まった……とミィは思った。
当たり前だ。今日は誰も連れて帰れていないから。
はやく終わるといいなと思いながら罰が終わるのを目を閉じて待つ。頭を叩かれる位ならまだいい方。腹を思いっきり蹴られると当分の間お腹が痛くなるし、髪を引っ張られるとめちゃくちゃ痛い。今日は何をされるのか。怖いけど見て確かめようかと目を少しだけ開けた。
「お前がいなければ、お前がいなければ、お前がいなければ――」
継母はミィに呪いをかけるように言葉を繰り返し投げつける。なんだかいつもと違う様子にミィは冷や汗を流す。
「どうして、彼の子を拒絶したっ!!」
拒絶……。ミィは少し前の事を思い出す。継母の再婚相手である男にも子どもがいた。年上の男の子だ。彼に思い出したくないほどおぞましい事をされた。
着替え中に部屋に入ってきて馬乗りされ、罵倒され、体中をまるで動物が味見でもするかのように舐め回された。
恐怖で固まっていたけれど、嫌悪感が爆発した時嫌だ嫌だと暴れた。彼に魔法を使い、――傷つけた。
あの日は、継母からみっちりと罰があった。再婚相手からは何もなく、そのまま交際は続いていたからか次の日にはいつも通りだった。
「でも、ミィは――」
「お前が拒絶したから、再婚が決まったと喜んだ瞬間地獄に叩き落としてやるって言われたんだよっ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ」
ミィは自分を守らなければ良かったのか。そうすれば、すべてが上手くいっていたのか?
継母は叫び続ける。
「――こうなったラ、……モう、もっと、モット、沢山のオトこ達かラ――」
「ママ?」
継母の後ろで笑って見ていたモモの顔が歪む。
「モモちゃんもママヲ手伝ってクレるわよね……?」
どろりと継母の額から液体がこぼれてきた。
「ママダメ!! 止まって!! それ以上は――」
「オトコ、男ににににニニニ」
次々とあふれてくる液体が継母の体を包み込み固まっていく。
逃げなきゃ――。継母が宝石化した。魔女殺しがくる。
モモは継母を止めるため近づいていく。本当の母親であれば自分もそうしたのであろうか。ミィはモモに逃げなさいと叫んだあと家を飛び出した。
魔法が暴走し大きな音と爆風が起きる。父とミィの思い出の場所が粉々になってしまった。
「あ、あぁ……」
継母の宝石化。それはショックではなかった。けれどまるでミィをあざ笑うかのように宿屋だけをボロボロにした事は彼女の心に強い衝撃を与えた。
宝石化した継母の近くにモモがいる。ピカピカの服はボロボロになり、自慢の肌や髪はススまみれ。
衝撃を受けたのだろう。気絶して倒れているようだった。
「……モモ」
だから逃げろと言ったのに。宝石化した魔女には自我がなくなる。手当たり次第暴れ目的を果たそうとする。継母の宝石、色欲の魔女ラストだ。
ラストは自分の娘であるはずのモモを目にし腕を振り上げた。ミィはそれを見た瞬間今まで継母と妹にされた事を思い出し、口を歪ませた。
「あは、あははは――」
目の前で継母の腕が己ではなく自身の娘に向かう光景にミィは――。唇を噛み締め魔法を使った。
「だめっっっ!!」
物体移動の魔法をモモにかけミィの元に移動させた。再婚相手の息子の頭に壺を落とした魔法だ。
「上手くいった……」
ミィはモモを自分の後ろに移動させる。最後に残った父との絆。モモの目の色は父と同じ緑。ミィとは違う、とてもきれいな色だった。
(このまま、安全なところまで魔法で……)
そう思ったがもう動かない。どうやってやったのか自分でもわからなかったのだ。
ラストはこちらへと視線を移すともう一度腕を振り上げた。
もうダメだ。ごめんなさい。父へと謝る言葉を紡ぎ振り下ろされる瞬間を待つ。
その時だった。
「ミィ、よく頑張った!!」
「……お兄さん!?」
ミィとモモを両脇に抱え宿の宿泊客のお兄さんが走り、フードを深く被ったお姉さんとお姉さんがくれたぬいぐるみが振り下ろされた腕を魔法の盾みたいなもので跳ね返していた。
「守りの魔法は下手くそでな。さっさと元に戻ってもらうぞ」
そう言ったあと、お姉さんは突然歌い出した。とてもきれいな歌声だった。昔どこかで聞いたような子守唄――。
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