第8話
朝、食堂はとあるニュースでざわついていた。
お金の事ではない。街の一部で魔女の力が消失したという話だった。
「どういうことだ! 魔女の力が無くなったって」
「いや、俺も聞いただけなんだが、今朝目覚めたら額の宝石がなくなって魔法が使えなくなったって女が大量にいるらしいんだ。西側に多いらしい」
朝のメニューはパンとサラダ、野菜を細かく刻んだスープか。
それらを受け取り、席につく。フィルも腰掛け終わるとまわりの会話に耳を傾ける。
「結界の中からなら問題なさそうだな」
フィルの言葉に私は頷く。
「あぁ。そうだな。フィル、前回の場所の話はまだ広がってはいなかったのだろうか?」
「小さい村ばかりだったからな。今度ので噂が広まるかもだな」
フィルはパンにジャムをたっぷり塗るようだ。甘い味が好きなんだろう。嬉しそうにそれを頬張る彼を見ながら男達の会話の続きを聞いた。
「ただの女になっちまえば怖くねぇな。ははは、今まで偉そうにしていた奴ら今ごろ怯えてるんじゃないのか」
「うちのヤツにも起きないかね。そうすれば――」
幸せと不幸せは紙一重。魔女を守っていた力がなくなった時、全員が幸せになれるとは限らない。
耳に入る言葉がそれを証明してくれていた。
それでも続けるのだろうか。同じ言葉を聞いていたフィルに視線を送ってみる。彼はゆっくりと目を閉じ私の視線から逃げた。たぶん、彼も考えていたんだと思う。
食べ終わったあと、実際の様子を見たくてはやめに荷物をまとめ外に出た。
「おはようございます。ありがとうございました!」
すぐ近くの広場でミィに出会った。彼女は何かを配っている最中だった。
「お兄さん、お姉さん。良かったら今日も泊まって行って下さい」
「あぁ、気が向けばな。ミィ、それは何だい?」
ミィがちらしを渡してくれた。そこに書かれていたのは来週から始まる宿屋のリニューアルオープンのお知らせだった。
今ある建物すべて壊し、新しくするようだ。
あの金はそこに使われるんだろうか。
「あそこは無くなってしまうのか。なかなか趣があっていい宿だったのにな」
昨日あれだけ宿の事を話してくれたミィ。彼女にとって大切な場所だろうに。彼女の目が赤く腫れているのはきっとコレのせいだろう。
「あ、あはは。ミィのお母さんが新しいお父さんにお願いしたみたいで。……新しくなってからもまた泊まりにきてくださいね」
本心を隠しているようだ。声が震えていた。
「あぁ、そうだ。昨日のぬいぐるみなんだが」
ビクリとミィが体をこわばらせる。
「あの、ごめんなさい。――昨日妹と喧嘩して壊してしまって……」
ポケットにいれているのか、そこに手を伸ばし押さえていた。
「そうなのか。ちょっと見せてもらってもいいか?」
貰った人からの頼みだからだろう。ミィは素直にボロボロになったぬいぐるみを差し出した。
なんとか元に戻そうとしたようだが糸も針も自由に与えてもらえていないようだ。ほつれている場所、破れている場所に包帯のように布が巻かれていた。
「ごめんなさい。貰ったものだったのに」
謝るミィの頭に手をかざす。殴られると思ったのか彼女はビクリと反応をしたけれどその場にとどまっている。驚かさないようにゆっくりと手を頭に着地させ、優しく撫でた。
ぬいぐるみはおそらく魔法で破られている。子どもが引っ張るだけではこうはならない。昨日の綿クズにも魔法の痕跡があった。なら――。
「おい、フィル」
「ん?」
「そのぬいぐるみ治せ」
「はっ? え? いや、裁縫はできるけど」
私は自分の唇に指を当てフィルに治癒魔法を使うよう指示する。彼の治癒魔法は魔法を使った傷に効果を発揮するのだ。
気がついたフィルはぬいぐるみをミィから受け取り、戯けてみせる。
「はい、小さなお嬢様。あなたのぬいぐるみをこれからオレがきれいに元に戻しましょう」
フィルはくるりと背を向けた。そしてもう一度こちらを向く。両手でぬいぐるみを覆い隠しながら。
「ただいま。小さなお嬢様」
フィルが手を開く。元の姿に戻ったぬいぐるみがそこにあった。
驚きながらも嬉しそうにミィがそれを受け取る。
汚れは少し残っていたがこれは物理的に汚されてしまった分だろう。洗えばきれいになるはずだ。
「お兄さん、もしかして魔法つ――」
フィルがしーっと指で内緒にして欲しい旨を伝えるとミィは頷き同じように指で口を指で押さえる。
「内緒だね。うん。珍しいもんね。お兄さんが悪い魔女に殺されちゃったら大変」
小さくそう言いながらミィはこちらを向いた。
「ありがとう、お兄さん。お姉さん」
「もう喧嘩にならないといいな」
「はい。気をつけます」
ミィと別れ魔女が消えた現地に向かう。
そこはまるで地獄のような世界に変わっていた。
役立たずになった女を捨てようとする男。家から追い出された女。魔女の力をまだ持つ女に詰め寄る力を失った女。一部だとは思いたいが混乱はかなりのものだ。外から一瞬で街中が変わった前の場所では平等に全員が変わったからこの状態にならなかったのか、あの後に起こっていたのか……。
私は昔のようにフードで顔を隠す。宝石があるとさきほどのように因縁をつけられるかもと思ったからだ。
「なぁ、フィル……」
「混乱はあるかもしれない。だけど全員が変わるならすぐおさまるだろう。急ごう。今からでも」
「……そうだな」
やはり、やめるつもりはないんだな。
混乱する街中を早足で通り抜け残りの三箇所に向かった。
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