第7話

 深夜、隣で寝ているフィルが起き上がり、フラフラと立ち上がろうとする。

 眠っていなかったから気がつけたが、こんな時間普通の人間なら夢の中だろう。


「そういうことか」


 あまりいただけない魔法だなと私は思う。

 相殺するのは簡単だが、少し様子を見るべきだろうか。

 目をつぶったままフィルは扉を開けどこかに向かおうとする。私は外套を掴みとり、上に羽織る。そのまま立ち上がり、フィルのあとを追いかけた。

 どこに向かうのだろう。他の人間の気配もした。バタンバタンと宿泊者らしき者たちが次々部屋から出てくる。全員男ばかりだ。

 これだけいるならフィル一人くらい、いいか。

 この先で行われているであろう事が容易に想像出来たので私はフィルを起こすことにした。姿カタチは違えどフィルの魂はフィーリアなのだ。どこそこの女にくれてやるつもりはこれっぽちもない。


「目を覚ませ、フィル」


 フィルの耳にふぅと息を吹きかける。耳が弱い事は少し前に知っている。後ろから耳もとに話しかけた時、真っ赤な顔して耳を押さえていた。

 そこに魔法を少し乗せれば、ふふふ。

 ほら、真っ赤になったフィルの出来上がりだ。


「……何シテルンデスカ、レ……リア」

「別に、危うく色気に釣られて女主人に有り金渡そうとするフィルがそこにいたから目を覚ませと言っただけだが?」

「は? オレがなんでリア以外にお熱をあげるんだよ。あり得ない」

「色欲には勝てないってわけだろう」

「だから――」


 彼の頬に触れ、もう一度耳もとに息を吹きかける動作をする。彼は耳を隠しすぐに黙った。

 私はくすりと笑ったあと見えている光を指差した。


「全員ではないな。けれど文句を言われなさそうな者ばかり。妻帯者付きは奥さんにバレたくなくて黙ってるんだろうなぁ」

「一体何の事だ?」


 部屋の中を覗くと女が妖艶な服を着て椅子に腰掛けていた。足を組み、気怠げに頬杖をついている。

 彼女の前に置かれた机には次々と宿の宿泊者達が財布からいくらかそこにばらばらと積んでいく。


「何だ? あれは」

「色欲の魔法。魅了だな。大方、料理にでも盛られていたんだろう」

「ほら、あの顔も、あの顔も食堂で見ただろう」

「あぁ、確かに」

「女の姿が見えないのは男にしか効かないようになっているんだろう。財布をまるごとひっくり返さないのは訴えられるのを回避するためかな。酔って使ったり無くした程度の小金なら記憶がなければ自分がやったと思ってしまうんだろうな」

「踏み込むのか?」

「いや、別に助けてやる義理はないからな。それに面倒だろう。ここにいるやつら全員目が覚めた時に起こることを考えるとさ」

「まあ、たしかにそうだな……」

「なに、死ぬわけじゃあない。まあ面倒であることはわかったから明日は違う宿にしよう。ここである必要性はないだろう?」

「ないけど、あの女の子は? オレ達が泊まれば少しでもはやく寝られるようになるんじゃ……」


 私はきた道を戻っていた。途中、廊下に散らばった小さな綿クズを指でいくつか拾った。


「もう、そんな話じゃ済まないようだけどな」


 小さく呟く。フィルは「何だそれ?」と、不思議そうに綿クズを見ていた。

 彼女を縛る大切な物が無くなるとすれば、彼女はどうしたいと願うのだろう。自由を手にした時、引っ張ってくれる何かがなければ動けないだろうか。

 あの日の私のように――。

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