第6話 (ミィ視点)
(今日は叩かれずにすんだ)
ミィはそう考えながらホッとしていた。
継母の機嫌がずいぶんと良いように見える。いつもは開けないような上等な酒をグラスに注ぎ、笑顔を浮かべている。
こんな時は、機嫌が変わらないうちに何も言わずさっさと寝床に行き寝てしまうのがいい。
「それでは失礼します」
頭を下げ、継母の部屋から出た。頭を限界まで下げるその様は母と娘ではなく絶対服従の下僕のよう。
ミィは貰った小さなぬいぐるみをポケットから引っ張り出しぎゅっと大事に握りしめた。
(この子が――、あの人が言っていたように守ってくれたんだ。すごい。ありがとう……)
「ねぇ……」
いつもならもう眠っているはずの人物の声がミィにかけられる。途端、ぶるりと悪寒が走った。
「それなぁに? 可愛いね。見せてよ」
「モモ……」
急いで後ろに隠すけれど、すでにバレてるのは明白だ。モモと呼ばれたミィの腹違いの妹が意地悪な笑みを浮かべる。
「モモに見せられないの? いいの? ママに言いつけて。もしかして、それ勝手にお金持ち出して買ったんじゃないよね。なら、ママ――」
「違うよ!! ミィが買ったんじゃないよ。これはお客さんがくれたもので……」
「へぇ、なら見せてよ。はやく」
渋々ミィはモモに小さなぬいぐるみを渡そうとする。なのにモモは渡されるのすら待たずガッと勢いよく掻っ攫った。
「あ……、お願い。壊さないで……」
「へー、生意気。こんな可愛いのをなんで可愛いモモじゃなくて汚いアンタにプレゼントするのよ。もしかしてアンタ、本当はモモにあげてほしいって言われてたのを盗ったとかじゃないよね」
「――っ、ちが!!」
ミィは取り返そうとモモに手を伸ばす。だが、その手はパシンとモモに叩かれる。ミィを見る目は継母のそれと同じ歪み方をしていた。
「もう、だーめ。これはモモがもらったんだからモモのだよ」
「やだ、返してよ。それは――」
珍しくしつこくしたからだろうか、モモの眉間にシワが寄ると同時に手に持っていたぬいぐるみを床に叩きつけた。その上から足を乗せグリグリと踏みつける。
「あーあ。アンタが引っ張るからアンタみたいにボロボロになっちゃった」
グリグリと踏みつける足は容赦なく、ぬいぐるみの縫い目はほつれ綿が飛び出す。
「あっ、こんなにボロボロならもういらなーい」
ボロボロになって満足したのか、やっとぬいぐるみは解放された。元の姿には程遠いそれを見て、ミィは泣きそうだった。けれど、いつもの事だからか、涙は出てこなかった。
「あーぁ、つまんなーい。涙のひとつも流さないんだもん。もっと大事になってからボロボロにしてあげればよかったかなぁ。まあ、いっか。もうすぐもっといっぱいいっぱい泣くことになるもんね。なら、涙とっとかないと足りなくなっちゃうよねぇ」
「……なに?」
「あはは、まだママに聞いてないんだ。どうしよっかなぁ。言っちゃおうかなぁ」
モモがこうなると付き合うだけ体力と精神力の無駄だとわかっている。ミィはボロボロになったぬいぐるみを拾い上げそのまま寝床に向かおうとした。
「はやく、ゴミは捨てちゃえばいいのに。アンタも――だけどね」
くすくす笑いながらモモは続ける。
「ママ再婚するんだよ。その人、このぼろっちい宿屋潰してもっと素敵な宿屋にしてくれるんだって。楽しみよねー。あ、アンタはその人ともママとも血がつながってないから、もっと働かされるでしょうねー。うふふ、あははは」
後ろから聞こえる声がまるで耳の中に入り込もうとするようにまとわりついてくる。ミィは廊下を静かに走り抜けて自分の寝床に向かった。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ……」
両耳を塞いでいるのに、ずっとモモの笑い声がミィの耳を引っ掻き続けた。
ここがなくなる。ミィにとって、唯一の居場所が。
父親との思い出が残るこの宿屋がミィにとって唯一無二の心の拠り所だった。
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