第5話

「どうするんだよ。子どもの前でするのは恥ずかしくないのか?」

「なら、しなければいい」

「いや、でも」

「あの――、お邪魔でしたらミィは別行動でも……」


 もう一度フィルに肘をプレゼントして、私はミィに顔を向ける。


「いいんだよ。子どもは気にしないで」


 道すがら、彼女の生い立ちを聞いた。どうやら宿にいた子どもが妹で宿の主人がその母親。父親は同じだが母は違う。彼女の母親は、亡くなっているそうだ。彼女が生まれた日と同じ日、八年前に。

 父親は小さなミィを抱えて途方に暮れていた。そこにいまの母親が入りこんできたそうだ。

 そして父親も三ヶ月程前に亡くなった。彼女は宿の【仕事】を課された。仕事をした給与から食事代、宿代を支払わなければあそこにいられない。

 彼女は誤魔化したりフォローもしていたがだいたいこんな感じのようだ。

 父親の宿屋は継母に取られ、姉と妹なのに妹だけが愛される。

 状況はだいぶ違うようだが、私は彼女に自分を重ねてしまう。


「……お継母かあさんの魔法はすごいんです。そのおかげで宿屋は繁盛してて。宿屋はお父さんが大切にしていた場所だからミィも頑張って守っていかないとなんです」

「そうか――」

「お、ミィちゃん。あの人なんかどうだ?」


 フィルが指差す先に如何にも宿屋を探していそうな旅人風の男がいた。


「ありがとう。行ってみます」


 旅人風の男のもとにミィが駆けていく。

 勧誘の間、私はフィルにミィの様子見をまかせ小さな雑貨屋に足を運んだ。ここに先ほどミィは足を止め、ショーウィンドウに張り付いていた。


「あ、お姉さん。この人泊まってくれるみたいです。宿まで連れて行きますね」


 ちょうどミィの勧誘が終わったようだ。


「そうか、ミィ。気を付けて。あ、あとこれを」


 ミィの手に私は購入した小さなヌイグルミを押し込める。黄色いボタンの目の黒猫。青いボタンの目の白猫とペアで置いてあったけれど、彼女が見ていたのは黒猫に見えたからこちらを選んだ。


「お姉さん、これ……」

「お守りだよ。キミが幸せでありますように。今日のお客さんは足りたのかい?」

「えっと、はい」

「なら、よかったな。はやく帰っておやすみしな」

「ありがとう、お姉さん」


 ミィを見送る。フィルは心配そうにしているが、彼女は仕事を三ヶ月続けている。危なくなったらどうすればいいかはもう学んでいるだろう。


「リア、いいのか?」

「あの人形に魔法をかけている。危なくなったら守りの魔法が発動するはずさ」

「あー、なるほど」

「フィル、いけるか?」


 私達は彼女の宿屋に届かない場所から一回目の伝播の魔法を行った。

 歌い終わったあと彼に聞いた。


「なぁ、フィル。本当にコレは必要なのか? 魔法で生計を立てている者もいるようだぞ。宿だって母親の魔法でと言っていたじゃないか……」


 フィルは真剣な顔をこちらに向けていた。彼の顔が近づいてくる。ゆっくりと頬に手が触れた。刹那、彼の唇が再び私のそれに重なった。


「ん、んんんー!?(な、なにをー!?)」


 すぐに唇は離れたが、顔は近いままだった。


「ここではもう歌っただろう。なんで……」

「言っただろ? オレはお前が好きだって。理由がなくてもキスしたい」

「今は私が聞いてるところだっただろ! 誤魔化すな!」

「必要だよ。キリアを消す事は――。そうしなければ、悲劇が増えるばかりじゃないか」

「何の……、フィルにはあったのか? 悲劇が」

「――ッ!!」


 フィルはふぃと横を向いてしまう。前にもどうしてこの旅をするのかフィル自身の理由は誤魔化され聞かせてもらえなかった。

 悲劇――、それがこの旅をする彼の理由なのだろうか。


「一度戻ろう。ミィがきちんと家に帰れたのかが心配だ」

「あ、あぁ……」

「私はフィルの事を全然知らない。けど、フィルも私の事まだ全然知らないだろう。好きだって言葉、吐くなら歩み寄ってもらわないと、私もどうしたらいいものか悩んでしまうぞ……」

「……ごめん」


 お互い無言で歩き出す。次の言葉が思いつかないまま、宿に戻った。

 明日、上手くいっていれば残りもさっさと終わらせよう。

 ミィの母親の魔法がどんなものかわからないけれど、そこまで宿屋経営に必要な魔法なんてないと思いたい。

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