第4話
◆
――――母の声がする。
「キリア、わたしの可愛いキリア。大丈夫よ。すぐ良くなるわ」
「おかあさん……」
熱に浮かされながら私は母を呼んだ。けれど、彼女は妹から視線を外さない。まるで私のことは見えていないみたいに。
額に宝石がある私。額に宝石がなかった双子の妹キリア。魔女狩りが激しくなかった頃でもすでに、魔女の印を持つ私は、諦められ、いないように扱われていた。
「お姉ちゃん、これあげるね」
キリアは自分が母に与えられた物を私に譲ろうとする。
それがどれだけ悔しくて、惨めで、……嬉しかったか。
「魔女狩りに差し出された…………」
あの日、私は絶望した。母は、妹だけ連れて逃げた。
「お姉ちゃんも一緒に……」
何が一緒にだ……。結局は私だけ、母に見捨てられた。
囚えられた場所で私は願ってしまった。
「母も妹もみんなみんな同じ目にあえばいい!!」
妹の額に宝石はあった。ただ、皮膚の下に隠れて見えなかっただけだった。母に告げ口してしまえば良かった。そうすれば今ごろ妹だって……。
私が最後の魔女? 違うわ。もう一人いるもの。
そうだ、みんなみんな魔女になればみんなみんな同じ目にあわせられる。
そう願った方が魔女らしいでしょう?
ねぇ、キリア。
結局、私はこうして生きて、アナタは死んでしまった。
ごめんね、大好きな、……殺したくて殺したくない大好きな妹。
罰して欲しかった。こんな風に考えてしまった私を。なのに処刑人は私を生かした。大好きだった妹の欠片達を私に殺させる為に――。
◆
「フィーリア……」
大きな手が頬に触れてきた。以前にもこうやってフィーリアが触れてくれたっけ……。
「泣いているのか? 大丈夫か?」
フィーリアの声ではないそれに急激に現実に引き戻される。
「フィル……、大丈夫だ。何でもない」
「本当か?」
「あぁ、ほら。大丈夫だろう?」
もう体は震えていないだろう? と、フィルに見せる。
「そうか。心配した」
頬からフィルの手が離れる。もう少しだけその温かさを感じていたかったと思うのはどうしてだろう。
「どれ位たった?」
「数刻だ。お腹は空いてないか? ずっとついてたから何も買ってこれてないんだが、何か買ってくるか? 食べに行けそうか?」
「言っただろう。大丈夫だ。食べに行こう」
「そうか。わかった」
まるでお姫様を守る騎士のように、フィルは手を差し出し私が立ち上がれるようにと促してくれた。
少し足がふらついたが、すぐに彼に支えられる。
「大丈夫だから」
強がってみせるが、彼はそれを気にする事なく優雅に歩み出す。
「わかってる」
全然違うはずのフィルの笑顔にフィーリアの笑顔が重なる。私の中に何故こんなにフィーリアがいるんだろう。……私とフィーリアはあの日会ったきりじゃなかった?
突然、頭に痛みが走り彼の幻想は霧散した。まるで思い出すことを拒むように……。
宿屋の一階にある宿泊者用の食堂。そこに入り、私達は席についた。
「たくさんメニューがあるな」
「好きなのはありそうか?」
「あぁ、これが好きだ」
どこの家庭でも出てくるであろう肉と野菜の炒め煮。我が家でもよく出ていたそれを私はほとんど口にしたことがなかった。一度だけ、妹が内緒でくれたことがあったっけ。美味しかったなぁ。
「味は違うか……」
「そうだな。ここら辺は香辛料が豊富だから味付けが濃い目だ。食べられそうか? 他のを頼むか?」
「ううん、大丈夫だ」
思い出の味より辛いそれを口に入れ、思い出の苦味と一緒に飲み込んだ。
「この後、外の散歩に出てもいいか?」
「あぁ、もちろん」
フィルは酒のせいか、頬が少し赤くなっていた。酔っ払う前に酒はとめておかないとな。流石に倒れられたりしては、私が困ってしまう。この大きなフィルを抱えて部屋に戻るだけの力はないからだ。
しかしグラスの三分の一も飲まないでこの状態。相当弱いのではないだろうか。そういえば、彼が酒を飲んでいる姿を見たのはこれが初めてだな……。
いつもは飲まないのに――。
「フィル、大丈夫か?」
食後、外に出てフィルに聞く。
グラス半分で止めはしたが彼は少しフラフラしている気がする。
「大丈夫、こうやって風に当たればすぐ酔いはさめるさ」
「なら、いいが」
フラフラと倒れてくれるなよと思いつつ、私も夜風を頬に感じる。
「で、どうする? 今から全部回っちまうか?」
「そうだなぁ。夜なら人通りも少ないだろうし」
伝播の魔法は前方に広がる。結界なしなら街を目の前にして歌えばいいだけだ。だけどここは結界の中。なら、中から……ほぼ四角いこの街の隅っこ。角四箇所から中心に向かって歌うのがいいだろうとさっき話し合った。四箇所より少なくした場合届いていない場所が出ても困るしな。
「お姉さん。どこ行くの?」
「え?」
子どもが一人で外にいる? 私達を宿屋に連れていったあの子だ。
もう外は暗く、子ども一人では危ない。
「キミこそ家に帰らないのか?」
思ったまま聞いてみた。
子どもは首をふる。
「ミィまだ今日のお客さん、足りない。探さなきゃ……」
「そうか――」
「おい、リア。そうやって同情を引くやり方だから――」
コソコソと喋りかけてきたフィルに肘を食わせ黙らせる。ダメージは皆無だと思うのだがフィルは神妙な顔で押し黙った。
「ミィが君の名前か?」
コクリと頷く彼女。
「よし、じゃあミィ。私達は今から街中を散歩するつもりだからついでにキミの仕事を手伝おう。大人が一緒の方が夜でも安心だろう?」
彼女は照れたように、けど嬉しそうに笑って頷いてくれた。
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