第3話

「行くぞ」

「こんな作戦で上手くいくのかねぇ」

「やらなきゃ、あの子は死ぬんだろう……」

「はいはい。付き合いますよ。リアに惚れてますからね」

「この旅に付き合えといったのはフィルの方だろう?」


 そんな会話を交わし、私達は家屋の屋根に登る。

 手のひらに魔力を集中し魔法で小さな小さな爆発を起こす。爆発から煙が上がる。私はそれを口の前にかざす。

 宝石の魔女の方へ、伝播しろ。

 歌とともに煙が広がっていく。こんな風に広がっていくのか。煙の色のお陰で自分の魔法が視覚的に確認出来る。

 みるみる膨れ上がって広がる煙。突然の煙に警備兵達も飛び退いていく。宝石の魔女を煙の中に取り込んだあと私は手前にある煙の中に飛び込む。

 フィルの手を引いて。


「色気が……てか、煙たいな。ゲホッ」

「はやくしろ!!」


 確かに煙たい。この中でなどと色気も何もあったものではないが沢山の人の前でキスシーンを公開するよりよほどいい。

 お互いに顔を近づけてキスをする。目から涙が一筋流れたのはきっと煙のせいだろう。

 準備は出来た。魔法があそこまで届くのも確認した。

 私は歌い出す。フィルの治癒魔法を伝播するために。


「誰かくるな」

「よし、逃げるか」

「でも、彼女は……」

「大丈夫。宝石の魔女化してない者に手を出せば全世界の魔女を敵に回す事になる。大丈夫だ」

「結果は見なくてもいいのか?」

「まずは群衆にもどらないとな」


 煙の中を少し進み、打ち合わせしていた家同士の隙間に滑り落ちる。そのまま走り、人々が見える場所へと走った。何食わぬ顔をしてその集団に紛れ込む。


「音がとまったな」

「終わったのか?」

「煙が突然あがったな。一体何だったんだ」


 人々はざわざわとしていた。


「どうして、ユーリカぁ!!」


 あれは宝石の魔女の友だったのだろうか。涙を流す者もいた。隣には男が寄り添って慰めている。


「何泣いてやがる。もともとお前達がっ」


 きつい怒りの声もあがる。あの辺りに関係者が固まっているのだろう。


「第二、第三が生まれないといいな」

「だなぁ」


 私達は遠巻きにその会話を聞いていた。

 どうやら泣いていた女ナタニアが宝石の魔女化したユーリカの旦那を奪おうとしたのが原因だそうだ。あの横の男が旦那というわけか?

 人の感情制御はやはり難しい。

 だが、少しだけ羨ましい。辛いかもしれないが愛する人と同じ時間に生きる事ができるのだから。

 フィーリアはどんなに望んでも、もうここにはいないのだから。


「リア? どうした」

「なんでも……」

「警備兵と、あれ……さっきの魔女じゃないか?」


 急に小声になるフィル。さきほどまで宝石の魔女だった女ユーリカが抱えられ連れてこられた。

 そして、彼女はナタニアと男のもとにツカツカと歩み寄った。二人は化け物でも見るような表情を浮かべていた。


 パァンパァン


 ユーリカは二人の頬を手で打った。乾いたいい音が響く。


「そんな男、あなたに差し上げます。まあ、あなたもお気をつけなさいな。そいつ、他にも女が三人ほどいますわよ。あー、せいせいした!!」


 そう叫んだあと、警備兵のもとに戻っていった。彼女の額からは魔女の印の宝石が姿を消していた。


「どうして、彼女はもとに戻ってるのにまた警備兵のもとに行くんだ?」

「いや、どうみてもおかしいからだろ。だって彼女さっきまで」


 コソコソとフィルと話していると、視線を感じた。

 視線の主はすぐ後ろ。じっと私達を見上げる。十歳位の少女だった。

 目があった瞬間少女はニヤーと笑顔になる。まさか、歌うところを見ていたいとかないだろうか……。


「お兄さん、お姉さん旅の人なの?」

「あ、あぁそうだ」

「やっぱり、この辺じゃみない顔だもの。ねぇねぇ宿は決めたの?」

「いや、まだだが」

「おい、レ……リア。ストップストッ――」

「じゃあ、うちに泊まってくれませんか?」

「え? あー、キミの家は宿を営んでいるのか?」

「はい。ぜひぜひ、どうぞなの」


 フィルにどうするか問うために顔を見ると手で顔を半分覆いため息をついていた。何か不都合でもあるのだろうか。私は首を斜めに傾げる。

 フィルは口を尖らせながら、私と少女、両方を見てもう一度ため息をつく。

 少女は逃がすまいと私のスカートの裾を掴んでいた。見れば少女の髪はぼさぼさで少しボロの服をまとっていた。小さなアザが見えるのは気のせいではなさそうなんだが……。

 ふと、もう一つ気になる事があった。彼女の頭の宝石がそのままだ。歌が聞こえる範囲にはいたと思うのだけれど……。どうしてだろう。


「こっちです」


 立派な宿屋に連れて行かれた。かなり繁盛していそうだが、どうしてこの子はこんな格好をしているんだろう。


「お兄さん、お姉さんが泊まってくれたらごはんが食べられるからお願い」

「そうか、これがキミの仕事なんだな」


 彼女は頷いたあと入口で足を止め、中に入る私達を見送った。宿のエントランスはきれいに装飾されていた。受け付けには先ほどの彼女に少し容姿が似た女の子が真っ白な可愛い服で出迎えてくれた。こちらは髪がツヤツヤ肌もモチモチして、健康そうだ。見た限りケガやアザなどもない。


「いらっしゃいませ。ハースツゥルの極上宿ミカドノヤにようこそ。お二人様ですね。お部屋はご一緒ですか?」

「あぁ、一緒でいい。ベッドが二つで、あまり金額が高くない部屋で」

「承知しました。では207号室に――。金額は――――になります。お客様お二人様ご案内おねがいしまーす」


 私とフィルは部屋に案内された。

 扉を閉め、フィルに尋ねる。


「かなりの額だったが大丈夫か?」

「問題はない」


 私と旅に出る前、フィルはかなり貯め込んでいたらしい。何をしていたか、どうやって稼いだのかはまだ聞けていないけれど。まあ、私に払うと言っていた分の金には到底及ばないだろうがこうして旅をし続けるだけの貯えはあると言っていた。


「そうか……」

「リア!? 大丈夫か?」


 私は自分の二の腕を右手でガッと掴んだ。体が震えている。


「魔法を使ったからか? どうしたんだ!?」


 フィルが慌てて私を抱き上げ、ベッドへと連れて行き座らせてくれた。体の震えはまだ続いてる。


「寒いのか? リアっ! ……アっ!! ……っ!」


 フィルの声がえらく遠く感じる。あぁ、そうか。私、意識が遠ざかってるんだ…………。

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