第2話

「全然、効いてないな――」

「だなぁ」


 先ほど街の外で私達は治癒魔法を伝播させた。だけど街の中に入れば魔女達が魔法を使い、魔女の印、額の宝石を輝かせている。

 昔の魔女達は印を隠す為大きな帽子を目深に被っていた。

 今では女の誰もが持っているそれ。隠す必要などなくなったのだ。


「街全体に防御結界があるみたいだな。発展してるとこはやっぱりまだ残ってるんだな」

「魔法から街を守るためにできた結界か。まさか治癒魔法すら跳ね返してしまうとは。皮肉なものだな」

「というわけで、街の中からやってみよう。レ……あー、リア」


 レマリアという名前を呼ぶのはフィルではない。フィーリアに呼んでほしかった。だから、彼に私のことはリアと呼べと命じた。レマリアの名はこの時代に残っていないそうだけれど。どこに何が伝わっているかなんてわからない。災厄の魔女の姉がレマリアであると残っていれば厄介事が降りかかる可能性があるかもしれない。私だけでなくフィルにも――。まあ、そんな意味合いもある。


「嫌だ」


 私はぷいと横を向く。


「何でだよ!!」


 のぞき込まれ再び反対方向へぷいと顔を背ける。

 この男、羞恥心というものがないのだろうか。

 こんな人通りの多い場所で、キ……キスをしろなんてっ。


「前の場所でも思ったが治癒する必要なんてないのではないか? みな、幸せそうに暮らしているではないか」


 驚くほどの平和。魔女狩りに躍起になっていた男達が見たら炎でもばら撒きそうな街のあちこちで魔法を使役する魔女達。

 魔女狩りどころか幸せそうに魔女達と生活を営む男達の姿。

 これでいいじゃないか。これ以上何を望むんだ?


「そりゃぁさ。別に何も起こらなきゃこのままでもいいさ。普通の男達より魔女のほうが二倍長生きするってだけだ。女は生まれながらに魔女の印持ち……。まあそれだけに見えるかもしれない。ただ……ダメなんだよ」


 ドォンという爆音がした。魔法でも失敗したのだろうか。私の母がよくこんな失敗をしていたなぁと感傷にひたっていると音のした方向から人々が走り逃げ惑う。


「あーなっちまうのが一定数いるからさ……」


 額の宝石から大量の液体がぼたぼたとこぼれる。まるで涙のようにとめどなく。それが魔女の体にまとわりつき巨大な異形の姿をとっていく。流動する液体だったそれはバキバキと音を立てながら再度石のように硬質化していく。


「なんだ? あれは」

「あーちょっと待ってくれ。えーっとあの色は嫉妬だったかな? なら嫉妬の魔女エンヴィーだ」

「なぜ? 魔女はみんないもう……キリアだって言っていただろう」

「そう、キリアだ。だが、彼女達はレ……リアが寝ている間に進化をしてるんだ。宝石の色によって違うんだが七種類の宝石魔女になる。こうなるにはスイッチがあって、精神的に限界を突破した時に起こる現象なんだ。エンヴィーということは嫉妬のしすぎでってこったな」

「ほう――」


 走り抜けていく男達の中に叫びながら行く者がいた。


「ついに奥さん爆発したか!? 旦那が浮気ばっかりしてたからな。とにかく逃げろっ」


 叫びはそんな内容だったと思う。


「そうか。嫉妬か。大変だな、人の心というのは制御が一番難しいというのに」

「そう、だから魔女は治したほうがいいんだよ。リア! こっちだ」


 手を引っ張られ私の体はフィルの腕の中におさまる。そのままグイと抱え上げられる。


「逃げるぞ」

「なっ!? 助けないのか!? あの姿はまるで私達の魔力暴走状態に見えるのだが」

「そう、それに近い。ただ見たろ? 宝石の鎧によって守られてる。こうなったらもう警備兵に任せるしかないんだよ」

「お前がキスすれば治るんだろう」

「近付く前に魔法で細切れだろうな」

「そうなのか」

「そうなの!」


 キスすることは嫌じゃないのか? 誰でもいいのか? そう突っ込む前にフィルは走り始めていた。

 その場から少し遠ざかった時、逆に近寄っていく同じ服を着た集団がいた。あれが警備兵とやらだろうか。


「なぁなぁ、フィル。あれか?」

「そう、あれだ」

「それぞれの手に持つ宝石のように輝く武器は?」

「……魔女殺し。魔女から剥ぎ取った宝石で出来た武器。宝石化した魔女に対抗できる武器だ」

「――そうか。ちなみにだがやり方は変わっていないのか?」


 フィルはその問いに無言で頷く。

 それぞれ色が違った。いったい何人の魔女の――。

 魔力暴走。一度起これば村や街が消し飛ぶ。解除方法は暴走している本人の魔力を抜く事。血液の中に魔力は宿ると考えられている。だから大量に出血させる……つまりは殺すしかないって事なのだ。

 あの武器を使って外殻を割り本体に傷をつけ――といったところか……。


「これだけ離れればいいだろ」

「よくここまで運べたものだな」


 私はやっと足を地面につけることが出来た。フィーリアと違いフィルは筋肉がしっかりついている。ここもまた触れれば折れそうだったフィーリアと彼との大きな違い。

 触れれば折れる? 私はフィーリアに触れた事があっただろうか。

 自分の思考に違和感を抱きつつ、大きく息を吸った。


「なぁ、フィル――。彼女を救えないだろうか」

「えっ!?」

「治るんだろう? さきほど、細切れにはなるが治らないという否定はしなかっただろう?」

「あ、あー、うん。あの状態からもたぶん治せる……」

「ならやろうではないか」

「え、でもさっき嫌だって――」

「行くぞ」


 有無を言わさず今度は私がフィルの手を引いた。まあ、私が引っ張ったところで体格のいい彼は微動だにしなかったけれど。

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