私は最後の魔女、あなたは魔女の処刑人?

花月夜れん

第1話

 この世界は、魔女を恐れ、次々に魔女を処刑していった。それから何年たっただろう。ついに魔女は私だけになってしまったそうだ。


「この者が、最後の魔女か――」

「はい」

「では、これからは偽者しか市場に出てくることはなくなるな」

「左様でございます」


 布を幾重にも巻かれ、私の視界は塞がれている。


「こいっ!」


 首にかけられた首輪だろうか、ぐぃと引っ張られ私は苦しさから逃れる為に引っ張られる方に歩み出す。

 その先は崖なのか、水の中なのか、柔らかなベッドの上なのか。わかることはない。


「こちらが、世界で最後の本物の魔女です」


 歩みを止めた場所で、私は布を巻き取られた。

 久しぶりに見た、光が眩しい。


「それでは1億からスタートです!」


 10、15、20、35、50


 どんどん上がる数字に、沸き上がる会場の熱気を感じながら、私は足元の床の冷たさを足の裏で確かめていた。


 100、110、150


 これはどこまで続くのか。私は口を歪めながら喜劇が終わるのを待つ。


「1000だ」


 低い、だけど、透き通るような美しい音が耳に届く。あたりは突然の値上がりに、時が止まった。

 魔女の処刑を見せるためにどぶに捨てる金だというのに、よくもそこまで出そうと思えるものだ。

 私は一番高い値を口にした人を見ようと顔を上げた。

 静まり返る座席の中で、ただ一人手を挙げている銀色の髪の男を見た。


 あなたが私の処刑人……。

 赤色の瞳がまっすぐに私を見ている。


「1000他にはいませんか?! では最後の魔女、レマリアは落札となります」


 私の視界はまた布に覆われた。


 ◇


「おい、お前は? 生きてるのか?」


 次に目が覚めた時、私の目の前にあった顔は銀色の髪の男ではなかった。


「――――」


 声が出ない。そうだ、私は、魔法が使えないようにされたのだった。喉を手で押さえながら私は頭を振った。

 金色の髪の男が青色の瞳で心配そうに見つめている。


「話せないのか?」


 私はこくりと頷く。


「字は書けるか?」


 もう一度頷くと、彼は紙とペンを持ってきた。見たこともないような、真っ白な紙と羽がついていないペンだ。インクはどこだ?

 困っていると、彼はそのペンを持ち紙に小さく横線を引いた。インクをつけていないのに、黒い線が現れる。これは、インクがいらないペンなのか。


【私はレマリア。生きている】


 同じ様にペンを持ち文字を書く。彼はそれを目で追い終わるとこちらを見た。


「レマリア、そうか。オレはフィルだ」


 どうやら、私の文字は理解してもらえたようだ。


【ここはどこ?】

「ここ? ここはな、オレの墓だ」


 墓?! 私は死んでいるということだろうか? あのまま、処刑されてしまったのか。キョロキョロと顔を動かすとフィルが、あははと笑った。


「あぁ、ゴメンな。正確にはオレの前世。未来読みフィーリアの墓だよ」


 フィーリア? 誰だろう、知らない名前。


「お前はな、この日の為に生かされたんだ」


 この日?


「この世界は魔女で溢れかえった反転した世界」


 え?

 私が最後の魔女だって、たしかオークション会場の人達が言っていたような。

 フィルは続ける。


「最後の魔女は二人いた。そのうちの一人が反転させたんだ。伝染という魔法を使って……」


 伝染……? その魔法は私の妹の魔法……。


「魔女レマリア。もう一人の魔女の名はキリア。君の妹。伝染の魔女だ」


 ◇


【私はもう魔法を使えない】

「オレが使える」

【妹を殺せと?】


 字で伝えるというのがこれ程まどろっこしいとは――。


 彼の話を聞いたところ、前世、つまりあの銀色の髪の男がこの世界の状況を未来視したそうだ。そして、私をこの未来に残そうと決めた。――私があなたを見た、あの日に?


「殺すんじゃない。消すんだ」

【一緒よ】

「ええい、めんどくさい」


 そう言われたあと、私の視界は彼の顔で覆われた。


「何をする!!」


 思い切り、頬を平手で叩いてやった。

 あれ、私の声……。私はフィルを叩いた手を自分の口にあてた。


「これで喋れるだろう。レマリア」

「……何をしたの?」

「これがオレの魔法。治癒。ただし、使用するにはさっきみたいにしないとだから、使えないにも程がある」


 確かに、こんな魔法使えないというか、使いたくないだろう。

 誰彼かまわず、口付けしなければ治らない魔法などと。


「お前を買ったのはオレだ! レマリア。お前の死に先はオレが決める」


 私は笑ってやった。お前が買っただと? あの星のように輝く銀色も血のように真っ赤な赤色も持たないお前が?


「私はあなたに買われた覚えはない。フィル。ただ、一つだけ私の願いを聞いてくれるならフィルの願いも聞いてやる。私を買った未来読みのフィーリアとやらなら、この条件も見えていたのだろう?」


 ◇


「ここから始めよう」

「わかった。だけど……、またアレをしないとなのか」

「あ、あぁ」


 フィルは困り顔になっている。今度は私から近付いた。

 私達はもう一度口付けを交わす。そっと、体を離して大きく息をすった。


 どこまでも響くように、大きな声で私は歌う。


「綺麗な声だな」


 フィルは目を閉じて、聞いている。


「これで、この辺りからキリアは居なくなったはずだ」

「……そう」


 伝染の魔女は己が死んだ日、【魔女】を世界に伝染させた。

 だからこの世界は、【魔女】に感染している。女の人はすべて、魔女になったのだ。世界は魔女狩りどころではなくなった。そう、世界中の【魔女】は妹そのもの。


 そして、私は伝播の魔女。歌声で魔法を伝播させる。

 彼の【治癒】の魔法をここに伝播させた。


「これで、本当に治るのか? フィル」

「あぁ、ここはね。だけどこれから長い旅になるよ。だって、世界はとても広いからね」

「まずは約束だ、フィル。フィーリアを出してくれ」


 私の願いは、未来読みのフィーリア。彼にもう一度会うこと。


「これだ」


 渡されたのは一通の手紙だった。


「っはは、流石に生きてはいられないか……。現世がここにいるのだものな」


 だけど、もう一度、あの男に会いたかった。私にはない、銀色の髪と赤色の瞳の……。

 一目惚れだった。あの美しいきらめきに。

 手紙を開く。そこにはたった一言が書かれていた。

『そいつがオレだ』と――。


「――ははは、そうか。わかった。信じよう」


 目の前に今いるのは、まるで自分を写した鏡のような、金色の髪、青色の瞳が揺れる。


 私にない色がとても美しく見えたのに――。


「では、もう一度会えたら言おうと思っていたんだ」


 フィルは、軽く頷いた。私はすぅっと大きく息を吸う。


「私の値段はそんなに安くないぞ!!!!」


 はーっと息を吐き、言いたかった事をやっとあの人に伝えた満足感が私を包む。


「安く買い叩かれたのか?」


 フィルは思いの外、慌てていた。なんだ、フィーリアに聞いていないのか?

 安いなんてもんじゃない。国が傾くお値段さ。ただ、支払い先が私じゃないだけで――――。


「わかった。足りないぶんはオレが払ってやる」

「は?」

「オレの一生をお前にやる」


「…………ははははは」


 笑いしか出てこなかった。


「オレは本気だぞ! 一生側にいてやる! 惚れた! 一目惚れだ! オレはお前が好きだ!」


 まったく、こうなるのが見えていたのか?

 嫌なヤツだ。私は、銀色のあなたが欲しかったのに。


「全然足りない。来世もその次も払いにこないと。だから、払い終わるまで、フィーリアの魂は私のものだ」


 私はそっと差し出された彼の手をとった。

 まったく、これじゃあ処刑人じゃないじゃないか…………。いや、私を縛っているか……。これからも一緒に、一生と言ってくれた。


 ねぇ、未来はどこまで見えていたの? 赤い瞳のフィーリア。


 フィルの青い瞳は空と私をその中に写して、その色を何度も何度も切り取っていた。

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