第四階層【彩色の明けき郷】 Ⅸ — 冷笑 —

 翌朝、アンジェラたちが入念な準備をしてダンジョン入口前までやってくると。


「やあおはよう。アンジェラ」

「お、お父様!? どうしてここに!?」


 そこにはアンジェラの父、ロレンス・ヴィズ・ネブラティスカが待っていた。


『お早うございます、侯爵閣下。魔導越しでの挨拶になることをお許し願いたい』


 魔導球体の向こうから、エスクは声だけでロレンスに短く挨拶をした。言葉こそ丁寧ながら、遠く屋敷の中にいるエスク本人は、肘掛けに頬杖付いて態度が悪い。顔の見えない通信会話の利点である。


「こんなところまで足を運ばれるなんて、一体どうされたんですの、お父様? ま、まさかここに来て、わたくしのダンジョン攻略を止めようと……?」


 アンジェラの言葉を制するように平手を前に出し、ロレンスはゆっくりと首を振った。


「ほんの少し前ならば、私もそう考えたろう。しかし、これまで熟練の冒険者たちが何度挑んでも叶わなかった第四階層攻略を成し遂げたとなれば、話は違う」


 そう言って、ロレンスは魔導球体に目をやる。


「エスク・イニストラード君はこの先にいるのだね?」


 アンジェラが頷くのを確認して続けた。


「我が娘アンジェラの力だけでは、これほどの成果が得られなかっただろうことは、ダンジョン攻略に関して門外漢である私にも容易に想像できる。ありがとう。さすがは王国史上最強と名高い術士だ」

『いえいえ。娘さんも大変に活躍しておられますよ。彼女がいなければ、短期間での第四階層攻略は難しかったですから』

「えっ、そうなんですの!?」


 お世辞くらい察してもらいたい。


 ——とも言い難いのは、エスクの今の言葉に少しばかり含みがあるからなのだが。


「それで今日からはついに、最終階層の攻略となるのかね」

『探査院の行ったダンジョン走査が正しければ。一応こちらでも再走査はしましたので、間違いないとは思いますが』

「君が確かめたのであれば、まず間違いはあるまい。ふむ。そうか。ずいぶんと時間はかかってしまったが、いよいよこのアーバスのダンジョンが攻略される時が来るのだな。それもまさか、我が娘の手によってとは」


 いやあ、てへへ。なんて顔をアンジェラがしている。相も変わらず能天気なことだ。

 そんなアンジェラの様子を、ロレンスは妙にじっと見つめていた。


「……お父様? どうかなさいまして?」

「む、うむ」ロレンスは続けて小声で、「……アンジェラ。昔渡したあの御守りは大事にしているかね。赤いペンダントの形をした」

「ええ、もちろんですわ、お父様! 今もちゃーんとここに」


 アンジェラがぽんぽんと豊満な胸を叩く。しかしはっと気付いて。


「ああでも、そのう……このダンジョン攻略を手伝っていただく報酬として、エスク様にさしあげる契約をしてしまったのでしたわ……申し訳ございません、お父様……」

「なっ、なんだと!」


 しょんぼりと首を下げるアンジェラに、ロレンスが声を荒げた。

 それから魔導球体の方をちらと見やる。


「………………」

『どうかされましたか? 侯爵閣下』

「い、いや……なんでもない。気に留めないでくれたまえ、エスク君。こちらの話だ」

『そうですか。そちらの話で』


 エスクはカラコロと口の中で飴玉を転がす。


『では申し訳ありませんが、そろそろ私たちもダンジョンに入りますので、このへんで。どうぞ吉報をお待ちください』


「あ、ああ。時間を取らせてすまなかったね。アンジェラもエスク君の助力があるとはいえ、十分に気を付けるのだよ。——とても大事な身体なのだから」

「ええ。承知しておりますわ、お父様。では行ってまいります」


 歩き出したアンジェラと、それを追うゴーレム、キマイラ、魔導球体。いつも通りの大所帯で、一行は【裏口】からまず第四階層へと向かう。


 その最後尾を飛ぶ魔導球体に、ロレンスが思い出したように尋ねた。


「そうだエスク君、大まかなところでいいのだが、最終階層の攻略はいつ頃になりそうか、わかるかね」

『わかったら苦労はしませんよ。ダンジョンでは』

「そ、そうか。失礼。我ながら間抜けなことを聞いたようだ」


『——というのが一般論です、閣下。今回に関して言えば、そう時間はかからないでしょう。下手すれば明日を迎える前にも終わりますよ。そちらも早めに準備をなさっておいた方がよろしいかと。それでは』


 アンジェラたちが【裏口】へと消えて。ダンジョンの外には、ロレンス・ヴィズ・ネブラティスカだけが残された。その顔には、忌々しげな色がはっきりと浮かんでいた。

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