第四階層【彩色の明けき郷】 Ⅶ — 空戦 —

 鎖を収縮するほどにゴーレムは加速し、衝突——の瞬間に振るわれる拳。


「シィィアアアアァァァァァァッッ!?」


 空中に浮かぶ星海蛇ヤティカが、弓なりに殴り飛ばされて声を上げた。


 ぶつかり合った反動で、ゴーレムとヤティカの間に距離が生まれる。その空間にティアが大鎌を構えて飛び出した。体勢を崩し、無防備になった土手っ腹を狙って振り抜く。

 大鎌がヤティカの腹を斬り裂くと、内側から赤い輝きが漏れ光った。


「やった」


 自由落下に入りながらティアが小さく頷いた。ティアに絡まった鎖が自動的に収縮し、振り子から回転のような動きを描いてゴーレムのところへと舞い戻ってくる。


『今のがヤティカの核か?』

「たぶんそう。でもまだあるから、全部破壊しきらないと再生するよ」


 言っている間にも、すでにヤティカの腹の傷は塞がりつつあった。傷痕から漏れる赤い輝きが閉じられ、腹の肉と皮を通してうっすらとだけ光る。


『……聞いていた話より早くないか』

「そうかも。ヤティカが既に本気状態なのかな」

「ちょっとお二人とも、何が起きまして!? わたくしはなにゆえ鎖一本を命綱に、空中に吊り下げられているのです!?」

『おうアンジェラ、お前にも仕事が出来たぞ。今からヤティカの核をお前にも破壊してもらうからな。全員同時にだ。しくじるなよ』

「何が何で何ですって!?」


 言葉を交わす間にも、魔導球体は星海蛇ヤティカの全身をスキャンし、先ほどの輝きと同種のマナを読み取る。


『核の数は全部で六つか。少し多いが、いけるだろ』

「戦闘に参加してるのは、わたしたちだけだよね?」

『今はそうだな。そろそろキーが待ち構えてる島のあたりに近付くから、そこで終わらせるのが理想だろう』

「ゴーレムのゴーと、キマイラのキーと、わたしとアンジェラ。これで四つ。残りは?」

『ゴーに複数やらせる。改造は十分やったからいけるはずだ』

「じゃあそれまでは——」


 ヤティカが全身をうねらせ、電撃がヒレの間を幾重にも駆け抜けていく。


『ゴー、改式[鎖伸長/回避]。防護を!』


 エスクが叫んだ直後、ヤティカは自らの巨大な身体を包み込むようにして、雷の塊と化した。


 ヤティカの身体を蹴り跳ね、とっさに距離を取ったゴーレムにも鎖を通して電撃が伝わる。が、耐電素材がそれを阻んだ。

 魔導球体とティアも、それぞれ防護魔導術式によって雷を受け止める。


「大丈夫? アンジェラ」

「てぃ、ティアざぁぁん……」


 気付けばティアはアンジェラの前に立ち塞がるようにして、雷から護っていた。なかなか泣ける友情である。


『ゴー、改式[鎖収縮/攻撃]』


 涙が流れる間もなく、再びゴーレムが加速。二人を鎖で繋いだままヤティカへの突撃を敢行する。再びの拳。


『ゴー、改式[敵後部/鎖追加]』


 もう片方の手からも鎖を打ち出し、ヤティカの前部と後部にそれぞれ鎖を絡める。


 動きを止めた——と言いたいところだが、むしろ捕縛という意味では逆効果らしい。ヤティカが暴れ出すとそれに合わせて大気が揺れ、猛烈な風が吹き始める。


『風——というよりは、天空そのものを支配してるっぽいな。何をしようが浮かんだままなのもそのせいか』

「悠長に言っている場合ですの!? そもそぼぼぼぼばばばば」


 今にも飛ばされそうな吹き流しのように、ゴーレムから繋がる鎖だけを頼りにしてアンジェラとティアがバタバタと空中を振り回されている。


『この風だとキーは厳しいかもな。さてどうするか……』

「…………ねえ、エスク」


 暴風の中にあえて紛れるような小さい声で、ティアが呟く。


「……本当に、魔物って斃さなきゃダメなのかな」

「——ええっと!? ああもうッ! 風が強くてまともに声が——今、何かおっしゃいませんでしたか、ティアさん!? ティーアさーーんッ!」


 叫ぶアンジェラの声を承知の様子で見ないふりをして、ティアは魔導球体に、否、魔導球体の先にいるエスクに眼差しを向ける。


『……ダンジョンが魔神を封じてるって所までは話したよな』

「うん。その力によってダンジョンが生まれたってことも。……魔物が、生まれたってことも。でも、どうしてダンジョンがアンジェラたちの……人間の世界に顕れたのかは、聞いてない」

『神の力は遠大だ。魔神の力を造り替える、その点において彼らはミスを犯していない。当然このダンジョンも、本来ならこっちの世界と繋がるはずはなかった。つまり——』


「ダンジョンは、誰かが意図的に顕現させている」


 像写水晶越しに見るティアの表情は、凍りついたように冷たかった。


『魔神を信奉してる連中が人間の中にいてな。偽りの神に支配された世界を解放するとか訴えて、今も仲間を増やしてる。そいつらが封じられた魔神を復活させるために顕現させているのが、ここみたいなダンジョンだ。ま、要するに人間同士の内輪揉めだな』

「最悪だね」

『全く以て。俺もずいぶんと迷惑を被ってるよ』


 それは例えば、この両脚のことであったり。今この瞬間、ダンジョンを攻略させられていることであったりするわけだが。


『だが、ともあれ』

「そいつらの暴走は止めなくちゃいけない。止めるためには、魔神のところにエスクたちが辿り着かないといけない。ってことだね。本来なら魔神の封印を護るはずの魔物やフロアマスターが、魔神の再封印をするには邪魔になってるんだ」

『そういうことだ。各階を攻略し、最終階層のフロアマスターを斃すことで、ダンジョン内のどこかにある魔神の墓碑への道が開く。そこで再封印を施すわけだ。といっても、今回はちょっと状況が変わるだろうが……』

「……?」

『……まあ、それはこっちの話だ。結論としては、魔物は斃さなきゃならん。理由は俺らに都合が悪いから、だ。納得したか?』

「した」

『不満は?』

「ある」

『だろうな』


 魔導球体に背を向け、星海蛇ヤティカに向けて、ティアは改めて大鎌を構えた。その後ろ姿を見つめながら、エスクは口の中でカラコロ飴玉を転がした。


「んもぉーッ! お二人でばかり話さないでくださいまし! それもフロアマスターとの戦闘中にだなんて。非っ常識! ですわよ!」


 鎖の収縮機能を発見したらしく、空中を近付いてきたアンジェラがいつも通りな文句を垂れる。


「あはは、ごめんね、アンジェラ。ここからはちゃんとやるから」

「えっ? ティアさん、これまではちゃんとやっておられなかったんですの?」

「うん」

「もう冗談はおよしにな——って、ええッッ!? いえでも、さきほどまでもヤティカの核を容赦なく斬り裂いていらしたでは——」

「エスク、ヤティカの核を仕留めるよ。場所は?」


 魔導球体が複数の細い光を放ち、ヤティカの長い全身の各所を示す。腹部に離れて二つ、ヒレの近くに左右で二つ、尾に一つ、頭に一つ。全部で六カ所だ。


『ゴーにはヒレの近くの二つをやらせる。アンジェラは最後尾の一つを。ティアは腹部の二つをやれるか? 少し離れてるが』

「平気。頭のはどうするの?」

『もうすぐキーがいる浮島だ。風の具合がいけそうならキーにやらせる。きつければゴーを飛ばす』

「飛ばすってどういう意味ですの?」

『文字通りだ。さあ、そろそろ行くぞ。ヤティカが次の一撃を撃ち終わったのと同時に攻める。一発勝負で決めるからな』


 天空の支配者、星空の海を泳ぐ蛇。星海蛇ヤティカが吼え、空を震わせる。天が朝に、夕に、夜に。朝昼夜。昼夜昼夜とめまぐるしく変化を始め、幾千の星が周囲を回転する。そしてそのうちのいくつかの星の螺旋が急旋回を始め、こちらに向かってくる。


『面白い術式だな。流星か』

「隕石!? 隕石ですわよ!? 隕石が無数に降って来てますわよぉ!? ちょっとお二人とも、あんなものどうしろと——」

『ゴー、改式連[流星/粉砕/粉砕]』


 飛び出したゴーレムが拳の一撃で降り注ぐ星を打ち砕く。

 砕けて散らばる星の欠片をティアが斬り刻む。


『お前はさっさと魔導術式の準備しろよ、アンジェラ』

「この流星群が終わったら行くよ、アンジェラ」

「ヲ」

「みなさん基準がおかしいですわぅわぁぁぁぁぁん!」


 泣きわめきながらもアンジェラは大急ぎで、ガントレットに青色のマナシリンダーを差し込んでいく。無駄口を叩きながらも手は動かす。なんとも冒険者として成長したものである。


 なんて思っているうちに、ティアが最後の流星を両断した。


『ゴー、改式[腹部鎖/最大伸張]。これでイカレるまで鎖が伸ばせる。そして——』


 魔導球体からエスクが術式を展開する。

 ゴーとアンジェラ、ティアがそれぞれ上空へと跳ねた。


『その術式は三回まで空中を跳ねられる。あと二回だ。それで決めろ』

「わかった」

「ちょっ……えっ? なんですの? なんなんですの!?」

『三カウント後に行くぞ。ゴー、改式[全属性制限解除]。改式連[敵複数核/突撃/突撃]、三、二……』


 ゴーレムの全身が赤に、黄に、青に、次々と染まり、煙を噴いて白く輝き始める。


 ティアが大鎌を構え、姿勢をヤティカに向かって跳ねる形に変える。


 アンジェラが慌てながらマナシリンダーを装填し終え、とにかくとばかり構える。


『……零。行けッ!』


「り、リルディルガナム・イル——ッ!」


 絶氷の秘術式。氷の結晶が展開されるのと同時に、ゴーレムとティアが飛び出した。


 白く輝くゴーレムが唸りをあげながら回転し、刀のように尖らせた手を槍のようにして突撃、粉砕する。まず一つ。


 赤い輝きが弾け、空中に飛び出したところで三段目を跳ねる。


 今度は開いた手がヤティカの肉を突き破り、そのまま核を掴み取りながら身体を突き抜ける。勢いと肉と重力の抵抗が釣り合い、空中に静止したところで、ゴーレムは手にした核を力任せに粉砕した。二つ。


 ティアはより素早く、すでに核を斬り裂いていた。斬られた肉が斬られたことすら認識しないほどの一閃。三つ。


 ヤティカの内部に赤い輝きが光る頃には、ティアはヤティカの背を裂きながら駆け抜け、別の核の直上へ。

 大鎌の刃を術式でさらに伸ばし、背から腹までを一気に貫いた。四つ。


 発現した絶氷の秘術式がヤティカの尾に届いた時、星海蛇ヤティカも自身の異変に気付く。核が急速に失われていく。危機を感じ取った反射的防衛本能。自ら尾を千切り、核を保護しようとする。


「————ッ!? 外れ——」

「——ないッ!」


 気付けば、ティアがヤティカの尾よりも後ろにいた。反対方向へ泳ごうとしていた尾の先を斬り裂き、速度を失わせる。


 その場に留まった尾。絶氷の秘術式はその中にある核を捕らえて正八面体を形成し、凍りつかせ、破壊する。これで五つ。


「最後の一つは!?」

『キーは無理だ! ゴー、改式連[噴射/敵核/突撃]!』


 ゴーレムの両足がマナを噴き出し、勢い任せに空を飛ぶ。あまりにもマナの浪費が激しい最後の手段。使用後は確実にゴーレムは行動不能に陥る。この一撃で全てが決まる。


「やってくださいまし、ゴーさん!!」

「ヲヲォォォォォッ!」


 まるでアンジェラの言葉に応じたかのようにゴーレムが声を上げる。消えていく全身の白い輝きを拳一つに込めて——


 ————振り抜く!


 が。

 そこに一筋の流星が落ちた。流星はゴーレムの身体に直撃し、わずかだがその行く先をずらす。


「そんな——」


 ——外した。


 これであとは、頭の核を元に、全身の回復が——


「エスク!」

『ゴー、改式[腹部鎖/最速収縮]』


 鎖の収縮が始まり、ティアが飛ぶようにしてゴーレムへと引き込まれる。


 そして。


「……さよなら、ヤティカ」


 振り抜かれた大鎌が、星海蛇ヤティカの、第四階層フロアマスターの、頭部を完全に両断する。


 砕かれた全ての核。


 未だ誰も為し得ていなかった第四階層の攻略が、今、完了した。

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