第四階層【彩色の明けき郷】 Ⅵ — 改造 —
第四階層の端にある小さめの浮島。
小さな体躯を包む奇妙な外套は、風になびくたび向こう側の景色を映し出し、長さも広さも変化し続ける。その内側に纏った衣は魔導を変質させる糸で編まれ、首の上から足先までを包みながら一つとして縫い目がない。
左手には大鎌、右手には魔導防壁を発生させる術式が浮かぶ。
そして美しい青色をした髪には何の機能もない花飾りが付けられ、虹色の瞳には戸惑いの感情が見て取れた。
「ふうーむ。これがティアさんの完全戦闘態勢ですのね」
「あ、あんまりじっと見ないで……」
『武器を魔導生成する時点で予想はしていたが、やはり全身の装備が魔導術式で造られていたんだな。これほどの使い手は王国にも数人いるかどうかだ』
「ええと、その中にエスク様は——」
『含まれてないと思うか?』
「……聞くんじゃありませんでしたわ」
忌々しげに首を振るアンジェラはいつも通りのダンジョン攻略セットを着込んでいる。が、右手のガントレットだけは新しいものに変わっていた。小型軽量化されたそれは、エスクの改造により、シリンダースロットの追加とマナ効率の改善がなされている。
「わたくしもお二人にお願いして、衣服を作っていただこうかしら」
「他人の装備は造ったことないから、難しそう……」
『お前が自分で造れるようになりゃいいだろ』
「さっき数えるほどしか出来ないっておっしゃってましたわよねえ!? ああーもうっ! ティアさんはお友達ですけれど、魔導術士としては上位の方が身近に増えましたわ! 妬み嫉みが胸を蝕みますわ!」
蝕まれる胸が豊満にあって結構なことだ。ティアからすればそのあたりこそ妬みの対象な気もするが、アンジェラの発言を聞いても本人が気にする様子はない。失言による友情の崩壊は免れたようだ。
「ともあれ、そろそろ本日の主役においでいただきたいのですが」
『ああそうだったな。ギリギリまで調整して時間を食ったが、テストも済んだしまず問題ないだろう』
エスクの言葉に応じるようにして、浮島が沈み込みそうな地鳴りが響いてくる。
地鳴りの主は、一歩、一歩。大きな歩幅で地面を踏み進んでくる。
そうして現れたのは、待っていた少女たちより数倍の背丈はある巨体。青い光の目玉を左右に動かす褐色のゴーレム。つまりは一号、ゴーだった。
「……見た目にあまり変化はありませんわね」
『変える必要ないからな。っつっても色々違いはある。ゴーの腰に尖ってる部分が増えてるだろ。まずは二人とも、そいつを引っ張ってくれ』
少女たちが言う通りにする。と、引っ張った円錐状の金属から鎖がずるずるとゴーレムに繋がった状態で伸びていく。
『錬金術で組み上げた鎖だ。金属製の鎖だが自在に伸び縮みする。んで、その尖ってるのを身体のどこかに押しつけると——』
また言う通りに、アンジェラは胸に、ティアは右腕に円錐を押しつける。と、そこからも鎖が伸びて、二人に絡みついてきた。
「なっ……!? なな、なんですの!? なんですの!?」
慌てて振りほどこうとするアンジェラに対し、ティアは落ち着いた様子で絡んだ鎖の具合を確かめる。
「なるほど、これでゴーと離れないで済むってことだね」
「ああそういう……って、わたくしちょっと苦しいのですけど!? これ調整間違ってらっしゃいません!?」
運がいいのか悪いのか、アンジェラはちょうど、鎖で胸の膨らみを左右に分けて、ぎゅうと上半身を縛り上げるような形になっていた。
うーん、これはなかなかどうして……。
『その状態なら外れることはまずないから、お前はそのままで行こう』
「ちょっと正気でおっしゃってます!? なんだかわたくし、いよいよ嫌な予感がしてきたのですけれども!?」
言っている間に。
「来たよ。ヤティカが」
優雅に空を泳ぐ巨大蛇。青い鱗に赤い髭、ヴェールのようなヒレを幾重にも揺らしながら、その威容は二人と一体、一球体の近くへとやってくる。
「調査の通りですわね。それで、結局どうやって空に行くんですの? 自力で飛べるキーさんはいらっしゃらないようですけれど。シキさんたちを使うとか?」
『いいや。違う』
「ではやはり、このゴーさんを改造して……?」
『当たり。と、いうわけで、だ。ゴー、改式[空中敵/鎖発射]』
エスクの言葉と同時に、ゴーレムが手の平を開いて引き、構える。
「………………え」
第四階層フロアマスター、星海蛇ヤティカが、島までみるみる近付いてくる。
「あの、まさか、まさかまさかですけれども」
『五、四、三、二……』
その間に、カウントを数え、
「やばいですわ……。発想がどうかしてますわ……」
「なに? なにが始まるの?」
『……一、零。発射』
ゴーレムの左手から放たれた鎖が、ヤティカに絡みつく。
ヤティカは叫び、周囲に雷撃をばらまいていく。そこは雷雲。嵐の中心。
「待って! やっぱり待ってくださいまし!? ねえエスク様!? エスク様ってやっぱり頭おかし——」
『ゴー、改式連[鎖収縮/空中敵/攻撃]。さあ、始めようか! 第四階層フロアマスターとの決戦だ!』
「——って馬鹿ぁぁあああああああ!!!?」
アンジェラの叫びと共に。
引っ張られる鎖の力で飛び出したゴーレム。そのゴーレムに鎖で繋がれた二人もまた、雷舞い踊る空へと投げ出される。
鎖で繋がれたヤティカとゴーレム、それに加えてアンジェラとティアによる、狂気の空中チェーンデスマッチが幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます