第四階層【彩色の明けき郷】 Ⅴ — 戦術 —

「これまで星海蛇ヤティカに挑んだ冒険者たちの戦法は、大きく分けて二種類あったと思う」


 松明のそばで、ティアがアンジェラに話しはじめる。


 第四階層の【裏口】近く、魔物の殲滅が済んだ神殿跡を、アンジェラたち一行は現在、この階層の調査攻略の拠点としていた。


「一つは、近距離戦。浮島の上空や近くを飛んでいる時を狙って、ヤティカを地上までおびき寄せる。ヤティカが完全に地上まで降り立つことはないけど、丘のような高低差のある場所を活用すれば十分に攻撃は届く。基本に忠実な戦い方になるのかな」


「二つめは、遠距離戦。魔導術のシリンダーや弓矢などを大量に準備して、飛んでいるヤティカへひたすら攻撃し続ける。離れた場所からひたすら攻撃を撃ち合う形になるんだけど、ヤティカは魔導防壁を備えているから、これを破るのに相当な火力が求められる」


 ティアの話になるほどと頷き、アンジェラは悩ましげに首をひねる。


「どちらの戦法も、わたくしたちなら可能でしょうけれど……いささか決め手に欠けますわねえ……。ティアさんやゴーさんも参戦できる近距離戦か、カイさんやシキさんたちの攻撃にわたくしの魔導術を加えるか……」

「一応言っておくと、防壁や鱗の硬さを抜きにしても、ヤティカの耐久力はかなり高いよ。核となる部位が複数あるらしくて、その全てを潰さないと致命傷にならない。しかもいざとなれば逃げ出して、失った核を含めて自己再生を始める」


「む、むむ、むうぅ……聞いているとこれは確かに、これまで討伐されなかったのも頷けるというものですわね……。あぁー、第四階層攻略、厳しいですわよぉー……」

「…………」


 そこでわずかに、ティアが表情を曇らせた。


「……? あら? どうかされましたの? ティアさん」

「えっ……う、ううん。どうもしてないよ」

「あらそうですの。これは失礼しましたわ。気にしすぎだったようですわね。そのぅ……わたくしまだちょっと、お友達との会話に慣れていないもので……」


 と、言ったところで、「あっと!」アンジェラは思い出したように手を叩いた。


「実はわたくし、ティアさんにお見せしたいものがありまして」


 がさごそとポーチを探り、アンジェラは二つの花飾りを取り出した。


「あ。これって……」

「先日のピクニックで、ティアさんが贈ってくださったものですわ。普通なら枯れてしまうのですけれど、エスク様にお願いしまして……まあ、本当に色々と、『お願い』いたしまして……髪飾りとしてずっと使えるようにしていただきましたの。錬金術と刻印術の応用、とかなんとか言ってらしたでしょうか」

「へえー……すごいなあ、エスク」


 アンジェラの手に乗せられた花飾りを、ティアが虹色の瞳を輝かせるように見つめる。ちょいちょい、と指で触り、硬く保護されているのを確認してまた感嘆する。


「面白いなあ。こんなこと出来るんだ。わたしも少し勉強してみようかなあ」

「……コホン! あの! それで! い、いつまでも見るばかりでなく、そろそろ受け取っていただきたいのですけど!」

「え? 何の話?」

「何って……ああもう! この二つの花飾り! ね!? せっかくお揃いなんですから、こういうものは、お友達で仲良く付けるのが当然だと思いませんこと!?」

「あ、ああ。そっか。そういうことね」


 まるで考えもしなかったというような反応。

 それから恐る恐るという手つきで、ティアは花飾りの一つを受け取る。


「……あの、わたくし、本当にティアさんに嫌われてませんわよね……? 被害妄想とかでなく、本気で不安になってくるのですけれど」

「そんなことないよ。アンジェラは優しいし。わたしにとって…………。あ、ねえ、これでいい? 変じゃないかな?」


 花飾りを青い髪に付けて、ティアは少し上目遣いに、いくらか顔の向きを変えてみせる。


「とってもお似合いですわっ!!」


 アンジェラが跳び上がるようにして言う。

 それから自分の髪にも花飾りを付けて、今度はティアが具合を確認した。


「え、えへへ……」

「うへへへへへぇー」


 でろんでろんにとろけたような笑顔のアンジェラと、少し照れたような笑顔のティアが見つめ合う。軽く手を絡めて頬を染める。


『結婚でもするのかお前ら』


 そこにちょうど、エスクの魔導球体がふわり舞い戻ってきた。周囲には薄い紙で出来た鳥のような式神たちが飛び回り、バタバタと騒がしい。


「あっ、エスク様いいところに! ねえねえ見てくださいませこれ! お揃いのアイテムを身につける。お友達が出来たらやりたいこと九つめを達成しましたわ!」

『そりゃおめでたい。友情ポイント二十点くれてやろう』

「エスクは地図作りしてたんだよね。もしかして、もう終わったの?」


 どうでもいい実績解除のやりとりを放置して、ティアが話を進める。


『まあ大方のところはな。魔導石の動きや星海蛇ヤティカの周回ルートについては、もう少し調べを進める必要があるが、ひとまず第四階層の全体像はこれで見えた』


 この地図を組み上げたのは、広大な第四階層全体に飛ばした式神の情報からだ。式神が各所の情報を確保し、それを集積して地図の形にしていく。階層自体が一つの巨大空間という第四階層の特徴を活かした方法だ。


「そうなんだ。……早いなあ」

「ふっふっふ、すごいでしょうティアさん。わたくしたち毎階層地図作りから初めていますけれど、全て七日以内に完成させておりますのよ!」

『どうしてお前が威張ってるんだ』

「わたくしも少しは貢献していたつもりなのですが!? これまでの階層で散々走り回らされたのですが!?」

『そうか……無駄な苦労をさせてしまったな』

「哀れまれましたわ!?」


 酷いですわですわと喚くアンジェラを放置して、エスクは地図の整理を進める。


 第四階層に浮遊して点在する島々は前後左右の他に高低差もあり、一般的な地図の形式で書くのは一筋縄ではいかない。これまでの冒険者たちが苦労してきたであろうことは、容易に想像がついた。


「そういえばエスク。エスクはヤティカとどう戦うつもりなの? さっきまでアンジェラとその話をしてたんだけど」

「そう! そうでしたわ! お揃いの髪飾りのおかげですっかり忘れておりましたわ! 地上におびき寄せての近距離戦か、あるいは魔導や砲撃で攻撃する遠距離戦か、エスク様はどちらを選ぶおつもりですの?」


『どっちも選ばない』


 魔導球体で広げた立体地図を書き換えながら、エスクは答えた。


「……え」

「ど、どういうことですのッ!?」

『あいつはそもそも地上で戦うタイプの魔物じゃないだろ。こっちが戦えないという意味じゃないぞ。ヤティカの方が地上に降りる性質を持っていないって話だ。だからおびき寄せたところで、戦うより先に本能的に地上から離れていく』

「む、むぅ……」


『じゃあ遠くから、となるが、それをやるには戦力が足りない。俺がその場にいれば簡単に終わるんだが、アンジェラじゃあとてもじゃないが俺の代わりは務まらんだろ。カイは他にやらせたいことがあるからいないしな』

「えっ!? カイさん、今いらっしゃらないんですの!?」

『今というか、これからダンジョンクリアまでずっといないぞ。まあ、ちょうど新しい仲間が入ったから、戦力的には問題ないだろ。なあ?』


 誰のことを言っているのかは、あえて口にするまでもなかった。


「……信用してくれてるんだ。わたしのこと」

『オトモダチなんだろ? アンジェラとお前は』

「…………。うん。そうだよ。アンジェラはわたしの友達。だからこのダンジョンを攻略するまで、助けてあげることにしたの。そう決めたの。自分で」

「ティ、ティアしゃぁん……」


 涙目で感動を露わにするアンジェラをよそに、ティアの表情はいつになく真剣だった。 その表情を魔導球体を通してしっかと確かめてから、エスクは小さく笑った。


「……それで? わたしは何をすればいいの。近距離戦も遠距離戦も無理なんでしょ」

「そ、そうでしたわ! ティアさんがわたくしのお友達になったのは素晴らしいことですけれど、本日はわたくしとティアさんのお友達記念日にすることにしますけれど、それはともかくヤティカをどう斃すかという問題が何も解決していませんわよ!」

『お前の記念日なんぞどうでもいいんだが……』


 呆れたような口ぶりで、エスクは飴玉を口の中でカラコロ転がし、


『星海蛇ヤティカは、空中戦で仕留める予定だ』


 端的に二人へと告げた。

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