第一階層【影囃子の鉱窟】 Ⅲ — 探索 —
『第一階層は今日のうちに攻略するぞ』
エスクの宣言に、アンジェラは困惑の表情を浮かべた。
「いきなりそれですの? 確かにかなり探索の進んでいる階層ではあるそうですけれど……」
アンジェラは足元に気を配ってダンジョンの通路を歩きながら、魔導球体の向こうにいるエスクと言葉を交わす。
彼女らの歩く通路にはいくつか封炎石の篝火が置かれており、濃藍色の岩肌を照らしている。
曲がり角や長い通路の中間に置かれたこの篝火は、ダンジョンに挑んでいる冒険者たちが置いたものである。おかげでアンジェラやゴーレムたちがこの薄暗い鉱窟を進むにもまるで不自由しない。第一階層が冒険者たちによって十分に探索されていることの、一つの証左だ。
【影囃子の鉱窟】。そう名付けられたこのダンジョンの第一階層は、階段の上り下りを見るに四つの階で成り立っている。
まだダンジョンに入ったばかりのアンジェラたちがいるのは、当然ながらその最も浅い階。最深部まで一気に進むのは、ウィングブーツの軽い足でも馬鹿にならない労力だ。
もちろん、最短ルートで進めばかなりの時間を短縮できるだろう。しかしそれはエスクたちからすれば、困難極まる話だった。
第一階層に関しては、地図がある程度出回っている。しかしそれはあくまで冒険者たちが互助的にやりとりするものであり、新米冒険者のお嬢様と屋敷に引きこもっている余所者では、手に入れることは叶わなかったからだ。
『まずは第一階層の地図をこれから作る。素人連中の品よりも、俺が一から作った方がよっぽど正確だからな』
平然と言ってのけるエスクに、アンジェラは待った待ったと首を振る。
「まさかですけれど、地図を作るのと第二階層まで進むのを、両方とも今日中に終わらせるつもりなんですの……? 一方だけでも難しいというか、かなり無茶な話に聞こえるのですけれど……」
『まあ、お嬢サマは体力持たないかもな。しかし、可能な限り明日に持ち越すのは避けたいんだよ。銀竜が出てくると面倒なことになる』
「銀竜……? と、言いますと……」
銀竜ヨルフィナは【影囃子の鉱窟】のフロアマスターにあたる、強力な魔物だ。魔導術式を跳ね返す銀の鱗に全身を覆われた巨大な竜で、かつての討伐の際には相当な使い手が何人も犠牲になったと聞き及ぶ。
「でも、銀竜ヨルフィナって斃されたんですのよね? フロアマスターを斃さなければ次の階層には進めませんから、当然ですけれど」
『それがそろそろ復活の時期らしくてな。もうすでに何回か討伐されてるが、最後に斃されたのがほぼ一ヶ月前。多少のずれはあるが、これまでの情報からすると近いうちに復活してもおかしくない』
「復活……というと、ダンジョンの魔物が無尽蔵に出てくるというお話のことでしょうか」
『そ。だから急がないと不味いわけ』
ダンジョンの魔物たちは、通常の生物とはだいぶ異なった生態をしている。交尾や出産といった行動は報告されたことがなく、そもそも性別の有無すら疑わしい。
しかし何度何体斃されても、ダンジョン内に蔓延る彼らの存在は尽きることがない。その原因となっているのが、魔物たちの復活という現象だ。
魔物たちは基本的に一定範囲のテリトリーを持ち、その中を徘徊して日々を過ごしている。そしてもし討ち倒されたとしても、一定の時間が経てば彼らはテリトリー内のどこかで復活するのだ。
復活の様子は、時折冒険者も目撃することがある。空間に奇妙なねじれが生じ、収まった時にはその場に魔物が立っている……というのが主な報告例だ。
斃しても斃しても甦ってくる彼らは、ダンジョン攻略の大いなる障害となっているわけだが……、同時にこの現象が、ダンジョンという存在が必ずしも嫌忌されるばかりの存在でない理由ともなっている。
何しろ、無限に尽きることのない資源だ。獣の肉は食糧に。毛皮や爪、鱗なども様々な道具や武具の素材となる。竜の鱗などは特に貴重品だ。これが復活のたびに何度でも採集できるのだから、土地の者たちは大喜びだろう。
今や世界中でダンジョンを中心とした経済が形成されており、ダンジョン持ちというのは領主にとって一つのステータスとなっているほどだ。
もちろん攻略が完了し、土地喰いが止まれば――という注釈付きの話ではあるのだが。
「お父様もダンジョンが顕現した時には、大層お喜びになったものですわ。ここまで攻略が遅々として進まないとは思わなかったようですけれど」
『…………ま、これだけ長引けば痺れを切らして、自分の娘を報酬にも出すわけだ』
「まったく困った話ですわ。すでにかなりの領地をこのダンジョンに喰われてしまいましたもの。それにしても……」
アンジェラは自分の目の前に展開される光景を眺めながら、なかば呆れたように続ける。
「エスク様の使役する方々は、本当にとんでもない強さですわね」
飛びかかってきたホブゴブリンは、ゴーレムが腕を薙ぎ払っただけで即お陀仏。天井を這うベノムスパイダーは蚊でも潰すように叩き潰され、突撃してきたワイルドゴートはキマイラが勢いそのままに尻尾で突き刺すと、ぽいと隅っこに放り捨てる。
駆動音と唸り声はダンジョンの通路や小部屋に響き渡り、アンジェラは静かになった死骸の横を歩いて行くばかり。一切合切出る幕がない。
「なんだか、命懸けでダンジョンを進んでいる冒険者さんたちに申し訳なくなってきますわ」
『まだ階が浅いからな。魔物が弱すぎるんだよ』
「それにしたって少しばかり、何というか、手心というか……。あの、この子たちって、みんなエスク様がお造りになったのですよね?」
『そうだけど』
「ですわよね……」深刻な顔をして少し考えて、「…………エスク様、あの……どうかお願いですから、変な気とか起こさないで下さいましね?」
変な気って、どんな気だ? エスクは少しばかりアンジェラの妄想まみれの思考回路を推測し、言葉の意味するところに当たりを付けてみる。
ふむ、おそらく。
今頃アンジェラの頭の中には、巨大なゴーレムや機械人形たちが地平線を埋め尽くすがごとくに並んで行進し、喊声を上げて立ち向かう王国騎兵部隊を薙ぎ払う様でも浮かんでいるのだろう。
その妄想の中でエスクはゴーレムたちの後方にふんぞり返ってにやりと笑い、怪物たちを統べる覇王として君臨している。王国は火の海となり、街々には魔物の代わりに人々の死骸がうずたかく積まれていく……。
なるほど、中々面白いことを考える。実際にやるかはともかくとして、ちょっと楽しそうな話ではある。
『ご主人様が悪い顔をしておいでです』
交信に横入りしてきた元六号、メイが、アンジェラにこちらの状況を伝える。
『いいからお前は引っ込んどけ』
押し退けるように手を出すと、当たった胸を隠して『あぁん』と艶混じりの声を上げてくる。ええい、なんでこいつの頭はこうもいちいちピンク色なんだ。造り方をどこか間違えたのか?
「わ、わたくしからは見えないからって、ダンジョン攻略中にあまりいやらしいことはなさらないで下さいましね?」
『いやいや、してねえから。……あ、そこ右な』
ちょうど丁字路に差し掛かったところで声をかける。
「えっ、右ですの? でもこちらって入口方面ですわよね。おそらくですけれど、先には行き止まりしかないのでは?」
『だから右なんだよ。こういうのが後々響くんだ』
「?????」
この上なく不可思議そうな顔をするアンジェラは、丁字路の真ん中で固まったまま動かない。
ええい、面倒くさいな。『一号、改式付加[アンジェラ/回収]』言うとゴーレムがアンジェラを持ち上げ、
「きゃあっ!?」
その肩に座らせて歩き出す。
「だ、大丈夫ですわよ。わたくしちゃんと歩けますわ! というか……」
ズン、ズン、と物々しい音を立てながら、ゴーレムは丁字路を右へと曲がり、大股歩きで通路を進んでいく。
「ゴーさんの……んっ、上に座ると、その……お、おし、お尻が……痛いのですけどぉおおぅっ、あううんっ……」
『お前の方こそ、なんかやらしー声出してんな』
「へっ、変なこと言わないで下さいましっ!」
それからしばらく、アンジェラ隊御一行様は篝火の照らす第一階層を歩き回った。
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